検索
エンカルタ内で検索 : アーリヤ人

Windows Live® の検索結果

  • (1)インダス文明 (2)アーリヤ人の侵入 (3 ...

    (1)インダス文明 (2)アーリヤ人の侵入 (3)新宗教の成立 (1)インダス文明 四大文明の1つであるインダス文明は、前2300頃から前1800年頃まで、インダス川の下流のモヘンジョ=ダロとパンジャーブ地方のハラッパーを中心に栄えた都市文明である ...

  • 世界史ノート

    インダス文明 アーリヤ人の侵入 新宗教の成立 古代統一国家の成立 クシャーナ朝と仏教の革新 ヒンドゥー国家と古典文化

  • インド=アーリヤ人

    50音順 検 索 ●インド=アーリヤ人 インド=アーリヤじん アジア インド ad 広義にはインド=ヨーロッパ人の同義語に用いられたこともあるが,最近では,インドおよびイランに定住するインド=ヨーロッパ人の1支派をさす。インドの最古の ...

すべての検索結果 :
Windows Live® の検索結果

アーリヤ人

アーリヤ人 アーリヤじん Aryan
百科事典項目
項目構成
I

プロローグ

広義にはインド・ヨーロッパ語族をさすが、狭義にはその一派でインドやイランに移住した人々のこと。かつては中央アジアで遊牧をいとなんでいたが、前2千年紀初めに南に移動しはじめ、その一部は前1500年ごろ西北インドのパンジャブ地方に進出した。また別の一派は少しおくれてイランに定着したと考えられている。

両者の文化はたいへん類似しており、それはインドで編纂された彼らの聖典「リグ・ベーダ」(ベーダ)と古代イランのゾロアスター教の聖典「アベスター」の言語の類似に端的にあらわれている。自然神崇拝や二輪戦車を駆使する軍事行動などにも共通するものがある。

II

定着と融合

しかしそれぞれの地に定着後の彼らの生活は、先住民との人種的・文化的混交によってしだいに独自の展開をするようになり、インドではバルナ(カースト)とよばれる身分によって区別される階層制を発達させた。バルナ身分は後代にはカースト制度として知られる宗教的・社会的差別の身分制となってより複雑化していった。

アーリヤ人によってドラビダ人などインドの先住民の多くは被支配者層に位置づけられたが、アーリヤ人相互にも主導権をめぐっての争いがあり、それにやぶれた者たちの中には低い身分を甘受(かんじゅ)せねばならなかった例もある。また一方で、先住民のうちにもアーリヤ人優勢の社会にうまく適合して上層身分を獲得した者もある。

III

南インドでのバラモン意識

今日ドラビダ系の人々が住民の大部分を占める南インドで、バルナ身分の最上位におかれる、より厳格で伝統的なバラモン意識がみられるのは、後代の北インドではイスラム教の影響が大きかったことを考慮にいれたとしても、古代のインド亜大陸の全域でアーリヤ人の文化と先住民の文化が相互に強く影響しあって融合していったことを如実にしめしているといえよう。

IV

非科学的な人種論

なお、「アーリヤ」というのは「高貴な」という意味の誇称であり言語上の分類であって、人種的にアーリヤ人というものが存在したわけではない。にもかかわらず、19世紀のヨーロッパで、当時明らかにされていた言語学上の分類をそのまま人種の別として実体化し、差別の根拠とするという非科学的な思想が生まれたことが知られている。

なかでもヒトラーユダヤ人虐殺の暴挙が、アーリヤ人(ゲルマン人)の優秀性を維持するため、劣等なセム人、とくにその代表としてのユダヤ人を排斥するというイデオロギーにもとづいていたことはあまりにも有名である。

項目内で検索
項目全体を印刷
項目の URL をメールで送る




© 2008 Microsoft