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Windows Live® の検索結果 第2次世界大戦での日本の敗戦により、インドシナへの復帰をはかったフランスと、ベトナム、カンボジア、ラオスの独立勢力との間で、1946~54年にたたかわれた戦争。 第2次世界大戦が終結すると、1945年9月2日のベトナム民主共和国の独立宣言に象徴されるように、旧フランス領インドシナでは独立の気運が高まった。しかし、当時のフランスには現地の完全独立をみとめるつもりはなく、復帰をはかるフランスと現地の独立勢力との間で戦争が発生した。ベトナム民主共和国との間では、46年12月には戦争が本格化した。 フランスは、退位していたベトナムのグエン朝最後の皇帝バオダイをひきだして国家元首とするベトナム国をたて、ベトナム民主共和国に対抗する一方、カンボジアとラオスでは王国政府をだきこんで、徹底抗戦派のクメール・イッサラとラオ・イッサラの孤立をはかったが、独立をもとめる勢力を屈伏させることはできなかった。 1949年に中華人民共和国が成立すると、このインドシナ戦争も東西両陣営の対立という冷戦構造にとりこまれ、アメリカが、共産主義との戦いということでフランスを支援したのに対して、中華人民共和国はベトナム民主共和国を支援し、またクメール・イッサラやラオ・イッサラの中での共産主義者の比重も増大した。 このような国際化により戦争は長期化したが、東西対立に緊張緩和の動きが生まれた1954年になって、ようやく停戦に関する会議がジュネーブで開催されることになった。そして、この年の5月にベトナム北西部のディエンビエンフーでフランス軍がベトナム民主共和国軍に降伏したため、フランスもついに戦争による問題の解決を放棄せざるをえなくなり、同年7月にはジュネーブ協定が締結されて、戦争に終止符がうたれた。 しかし、このジュネーブ協定によってベトナムは南北に分断され、協定に調印しなかったアメリカが南ベトナムを支援したため、今度はアメリカに対する約20年にわたるベトナムの民族解放の戦いがはじまることになった。→ ベトナム戦争 なお、この1945~54年の戦争を第1次インドシナ戦争とよび、のちにベトナム戦争がカンボジアにまで拡大した70~75年の戦いを第2次インドシナ戦争、さらに78年のベトナム軍のカンボジア進攻以降のカンボジア紛争を第3次インドシナ戦争とよぶこともある。
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