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  • 総本山仁和寺

    京都市右京区。総本山。歴史や文化財の紹介、境内の写真。

  • 仁和寺 - Wikipedia

    仁和寺 (にんなじ)は、 京都府 京都市 右京区 御室 (おむろ)にある 真言宗御室派 総本山の寺院である。 山号 を大内山と称する。正式名称を旧御室御所跡仁和寺という。本尊は 阿弥陀如来 、開基(創立者)は 宇多天皇 である。 皇室 とゆかりの深い寺で ...

  • 世界遺産(世界文化遺産) 仁和寺-京都府 ...

    京都府のページです ... 名称 仁和寺(にんなじ) 所在地・アクセス 京都市右京区御室大内(市バス「御室仁和寺」下車すぐ 又は 京福北野線「御室駅」下車徒歩5分)

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仁和寺

仁和寺 にんなじ
百科事典項目

京都市右京区にある真言宗御室(おむろ)派の総本山。山号は大内山。886年(仁和2)光孝天皇が鎮護国家の道場として造営を発願し、宇多天皇がその志をついで、888年に落成式がおこなわれた。899年(昌泰2)宇多天皇は出家して仁和寺第1世となった。仁和寺の寺号は造営時の元号によるが、法皇が寺内に僧坊(御室)をつくったことから、仁和寺は御室ともよばれるようになった。

2世性信は三条天皇第4皇子、白河天皇第3皇子の3世覚行ははじめて法親王の称号をうけ、その後は法親王が代々就任して門跡(もんぜき)寺院の第1位となった。このため、仁和寺門跡、御室御所ともよぶ。宮門跡については、幕末の1867年(慶応3)の30世純仁(小松宮彰仁親王)が還俗(げんぞく)して最後となった。

天皇家のあつい保護で鎌倉初期までに隆盛をむかえ、諸堂舎および歴代天皇や皇族による院家(いんげ)や子院が次々たてられた。中世には火災と復興をくりかえしたが、応仁の乱で戦場となってほとんどが焼亡し、荒廃してしまった。本格的な復興事業は1634年(寛永11)から江戸幕府の援助ではじまり、46年(正保3)落慶法要がおこなわれた。

現存の主要堂塔はこの寛永事業で再建され、金堂(国宝)は、御所改造にともない紫宸(ししん)殿を移建したもの。ほかに清涼殿を移築した御影(みえい)堂、五重塔、二王門があり、国宝や重要文化財も多い。寺内は古くからサクラの名所で、花弁があついことから厚物桜、おたふく桜などとよばれ、したしまれている。

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