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  • 世界遺産 平等院

    京都府宇治市。拝観案内、国宝仏像・周辺案内、鳳凰堂の仏像の高精細画像。

  • 世界遺産 平等院

    9月第1週目に拝観をご予定のお客様へのお知らせ 9月6日(土)に開催いたします、「jal音舞台」のため、準備、撤収作業も含めまして、 9月2日から9月7日 までの間、鳳凰堂前に仮設ステージの設置や園内に照明機材、座席などが設置されます。

  • 世界遺産(世界文化遺産) 平等院-京都府 ...

    京都府のページです ... 名称 平等院(びょうどういん) 所在地・アクセス 京都府宇治市宇治蓮華(jr奈良線「宇治駅」下車徒歩10分 又は 京阪電車宇治線「宇治駅」下車徒歩10分)

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平等院

平等院 びょうどういん
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京都府宇治市にある寺。山号は朝日山。はじめ天台宗寺門派に属したが、中世末から浄土宗真言宗の力がおよんで対立した。のち境内にある浄土宗の浄土院と天台宗単立の最勝院の管理となり、現在は天台浄土系の単立寺院。

末法(末法思想)に入ったとされる1052年(永承7)藤原頼通が父の道長からゆずりうけた別荘の宇治院を仏寺とし、平等院と称した。翌53年(天喜元)阿弥陀(あみだ)堂がたてられ、本尊の阿弥陀如来座像が安置された。摂関家の氏寺であるため、その後も藤原氏一門によって法華堂、経蔵など諸堂塔がたてられ、隆盛した。

交通の要所にあったため、平等院はたびたび兵火をうけている。1180年(治承4)以仁王を奉じた源頼政が一時平等院にたてこもり、頼政は観音堂近くで自害し、以仁王も院内で流れ矢にあたって戦死したが、このとき焼失したという。さらに、1335年(建武2)から翌年にかけ、楠木正成と北朝方の攻防戦では大部分を焼失した。応仁の乱(1467~77)以後は荒廃を重ね、復興は勧進(かんじん:寄付)にたよった。

創建当時、極楽世界をうつしたとたたえられた阿弥陀堂(国宝)は、中堂を中心に、左右に翼廊でつないだ2重3層の隅楼をもち、後ろにも尾廊がある。屋上に、国宝の鳳凰(ほうおう)があり、建物の均整のとれた形が羽を広げた鳥にみえることから、江戸時代より鳳凰堂とよばれるようになった。

中堂内部は、絵画や彫刻などによって本尊の阿弥陀如来が諸菩薩(しょぼさつ)をしたがえて来迎するという聖衆(しょうじゅ)来迎の世界を表現している。須弥壇(しゅみだん)上に安置される国宝の本尊は、定朝の作で、定朝の作品では現存する唯一のもの。本尊上部の方形の天蓋(てんがい)、長押(なげし)上の小壁にかけられた51体の雲中供養菩薩像、四方の壁扉画も国宝となっている。鳳凰堂を中心に池をめぐらせた浄土庭園は国の史跡名勝

このほか、鐘楼の梵鐘(ぼんしょう:国宝)は平安時代の作で、形の美しさが称賛されている。音の三井寺(園城寺)、銘の神護寺とならび日本三名鐘とされる。重要文化財も多い。2001年(平成13)3月には、多くの寺宝を収蔵、展示する博物館「鳳翔館(ほうしょうかん)」が境内に開館した。建物は国宝の鳳凰堂や国の名勝指定の庭園に配慮して地下にかなりの部分がおさめられている。寺宝類だけでなく、コンピューター・グラフィックスで再現した平等院の創建当時の華麗な姿もみることができる。

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