Windows Live® の検索結果
Windows Live® の検索結果 項目構成
一国の経済活動の基盤をささえる基幹産業のひとつ。生産財から消費財まで幅広くつかわれる鉄鋼材料を生産し、加工組立産業に供給する典型的な素材産業であるとともに、大規模な生産設備を必要とする装置産業でもある。粗鋼生産量はその国の経済力や軍事力などの指標となる。
イギリスのダービー父子が、コールブルックデールで、コークスをつかって高炉の操業に成功したのは、1709年のことだと記録されている。78年には、ダービー3世が、セバーン川に鋳鉄の橋をかけ、構造材料として鉄が有用であることをしめした。また、石炭を燃料とする平炉で、銑鉄から鋼や錬鉄をつくるパドル法が開発され、1740年代には、るつぼ鋳鋼法が開発された。融解した銑鉄に送風しながら鋼に精製する製法は、イギリスの発明家ヘンリー・ベッセマーにより完成された。1855年、ベッセマーはベッセマー炉、つまり転炉を開発した。64年には、シーメンスやマルタンが、平炉(→ 製鋼)で大量の鋼を製造する技術を確立した。 → 製鉄
初期の高炉法では、リンをじゅうぶんに除去できなかったため、もろい鉄しかできなかった。インドのウーツ鋼を材料とするダマスカス剣は、研磨するとうつくしい波のような模様がでて、切れ味はするどく摩耗しにくいため、ヨーロッパでは長く理想の鋼として目標にされた。1863年にソルビは、顕微鏡をつかって、ウーツ鋼の微小な構造を観察し、鉄鋼の微細構造を観察してウーツ鋼の秘密の一端を解明した。これをはじめとして、鉄鋼材料の成分や結晶構造を研究する金属組織学が発展していく。その結果、リンや硫黄、ケイ素など、鉄鋼材料にふくまれる不純物が鋼の性質に影響をあたえることを発見していった。
1889年になってトーマスは、塩基性の耐火物を炉につかい、リンを除去する製法を発明した。リンは、溶解の過程で酸性の強い五酸化二リンになるが、石灰石などの塩基性の物質と反応させて鉱滓(こうさい)として除去した。 19世紀末から、特殊鋼の製造用に電力がつかわれるようになったが、1960年代以降、小製鉄所で屑鉄から鋼を製造するのに電気炉がつかわれている。 製鉄技術に大きな変革をもたらしたのは、1952年にオーストリアで開発されたLD法とよばれる方法である。これは、転炉に周囲を水冷したランス(酸素槍)というパイプをおろし、そこから純酸素をふきこむ方法で、酸素によって、炉の中のマンガンやケイ素が酸化して鉱滓になり、リンや硫黄もとけて鉱滓に吸収され、炭素はもえて除去される。 → 製鋼
|
© 2009 Microsoft
![]() ![]() |