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項目構成
都市に生まれた工業は、自然のリサイクルを拒否する廃棄物を生みだした。空気中あるいは土壌の中で腐敗することにより、リサイクルする廃棄物とはことなる機械製品、化学製品を生みだした。生活廃棄物とはことなる産業廃棄物は容易に処理可能ではなく、とりわけ塩素をふくむプラスチック類などの人工有機化合物などの焼却では猛毒のダイオキシン等の有毒ガスを発生させる恐れがある。あるいは、自動車や工場からでる排気ガス、煤煙、汚水が人体のみならず動植物にも影響をあたえていることは、周知のとおりである。これ以外にも人口の密集からくる家庭排水が、いかに地下水を汚染しているかはよく知られている。 都市からでるゴミは、もはやその都市自身では処理できず、ほかの農村地域に処理をたのみ、その地域を汚染する危険をまねいている。
人間が多くあつまるところでは、必然的にさまざまな需要と供給のシステムが発生する。たんに商品の需給だけでなく、サービスや欲望の需給も発生する。そこには合法、非合法の商売もでてくるし、そうした商売に従事するウラ社会の犯罪集団が登場する。彼らの間、あるいは通常の市民をまきこんだ暴力、殺人などさまざまな犯罪が発生している。
都市の弊害は、これ以外にも数多く列挙できるだろう。しかし、それにもかかわらず、都市は人々をひきつける。たとえば、かつて日本の知識青年の多くは農村出身だった。彼らは青少年時代に故郷を出奔して、都市とりわけ東京などの大都市で自由な生活をおくった。小説家志望の青年もほとんどがこうしたコースをたどり、小説家として一人前になると故郷のことをよき思い出として書いたものである。たとえば、太宰治「津軽」などがあげられる。大都市がもつ匿名性は、あくなきノベリティへの願望を満足させてくれた。さらには明治維新以来、大都市には立身出世のチャンスが存在したのである。青年たちに「憧れ」の気持ちがあるかぎり都市の魅力はたえないだろう。たとえ、都市が闇と悪が支配し、魑魅魍魎(ちみもうりょう)がうごめく地帯であったとしても人々はおもむくであろう。
近~現代の巨大都市の弊害を論難する非マルクス主義者の人々の多くが奇妙なことにマルクス主義の影響をのこしている。彼らはひたすら、人間は容れ物によって良くも悪くもなると信じているようである。階級への還元論を拒否する彼らが、今度は都市空間への還元をみとめるのはいかがなものか。たとえば、ル・コルビュジエの都市計画を非難する人々は多い。人工的に設計された都市空間では、人々はあたかも原子化され、砂粒のような存在であり、なんらコミュニケーションもとれないような存在になりはてているというのである。しかし、これと対称的なところには、たしかに雑踏の中でわらったりないたり、かたりあったりする人間関係を保持している人々がいる。だから、こうした主張は、彼らにとっては逆説的に人間の主体性を放棄したものにほかならず、人間が容れ物によって簡単にかわるというマルクス主義と同じ平面にたつことになる。人間が容れ物によって簡単にはかわらないということは、旧ソ連圏の崩壊によって証明済みである。人間は良くも悪くも、柔軟で、もっと分厚い存在である。 現代の大都市にはさまざまな弊害があるが、上記のような魅力もある。都市問題は少しずつ解決の方向にもってゆかざるをえないし、またそうすべきである。交通問題ひとつをとってみても、日本はドイツの例などにならい、できるだけ事故をふせぐようなシステムを考えるべきである。自転車は一定の地域では役にたつかもしれないが、自動車にとってかわる物ではない。正月や連休になるときまって高速道路に出現する長蛇の車の列は、時間を犠牲にしても、また事故の危険性を意識しても、私的空間の移動を重視する人の存在を証明しているし、それにとやかくはいえない。人は自分は事故にあわないと思ってあうのである。身近な人が事故をおこしても、車にのることをやめる人は少ない。 ゴミ問題にしてもダイオキシンの放出を阻止する技術は、着実に開発されつつある。また、廃車となった自動車のリサイクルもドイツの場合は90%近くになっており、日本にできないことはないだろう。最大の問題は日本、とくに東京の場合はスケールのデメリットからくる災害、凶悪犯罪、または有事の際の幾何級数的な被害であろう。阪神・淡路大震災時の例にみられるように少なくとも勃発(ぼっぱつ)時には政府も、地方自治体もきわめて限定的な救助活動しかできないのが現状である。 最後に都市問題を論じる際に気をつけなければならない点は、上述のようにもはや葬りさられたと思われているイデオロギー的な思考を土台にしていることが多いことである。しかもその際に人間は容れ物でいかようにもなる可塑性にみちた存在と考えがちである。このような人間学の不在のなかで都市問題を論じても、それは、皮相的な都市改革におわるだろう。
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