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1本の細竹を利用してつくる。柄の部分は竹の原形をそのままつかい、先端を長く細くさいて骨にし、紙や絹布などをはる。夏場などにはあおいで風をおこし、涼をとるための道具となるものの、もともとはハエなどの虫をおいはらう(うちわが「うちはらう」を語源としているのだとする説もある)役目のほうが強かった。 形状は円形、楕円形、四角形のほかさまざまなバリエーションがある。大きさも祭礼につかう大型のものから、虫払いや個人がすずむためにつかうものまで多種多彩である。
日本へは、奈良時代に中国から伝来した。団扇という字をみてもわかるように、扇(扇子)の原型でもある(当初は宇知波とも書いた)。しかし扇とちがい、うちわは折り畳み式ではない。万葉集の中でも扇としてうちわがうたわれている。奈良時代にはかぎられた貴族階級の間でつかわれており、涼をとるだけでなく、日よけや顔隠しにしたり、また飾りにももちいられた。 平安時代になると折りたためる扇が発達してきたため、うちわの使用は天皇の行幸列など儀式的なものが中心になった。戦国期には武将が兵士を叱咤激励するために、皮や鉄でつくられた軍配うちわがもちいられるようになった。この軍配うちわは、のちに相撲の行司がつかうそれと形は同じである。 江戸時代になってから春日大社が奈良うちわを考案したため、祭礼などに広くつかわれるようになった。夏祭りや盆踊にはもちろんのこと、江戸では夕涼みに女性がうちわを手にすることが流行し、夏になるとうちわは欠かせないものとなった。また台所や風呂などで火起こしにつかう渋うちわ、町火消が火の粉をはらうためにつかう長柄の大うちわなどもでてきた。 うちわの生産者(職人)はもちろん庶民階級中心だったが、江戸後期には下級武士や浪人などが、手内職でうちわをつくる例も少なくなかったようである。
うちわは扇と並行しながら発達したが、絵柄や色彩の多彩なものが多く、江戸時代にうちわ製造業者による組合がつくられてからは全国的に普及して現在にいたる。 現在、京都、丸亀市、館山市が全国の3大産地といわれている。エアコンの普及や大都市圏における虫の減少などから、うちわの生産量はのびなやんでいるものの、季節感をはこんでくれる小道具としての人気は依然高く、商店や企業が宣伝用につくったカラフルなうちわもふくめ、現在も日本の夏の風物詩となっている。
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