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項目構成
茶室には床をもうけるのが原則であり、床柱と床框(とこかまち)、落掛(おとしがけ)による上段の形式を基本とする。古くは張りつけの一間床がたてまえとされたが、茶室の草体化とともに、小間では台目床、四尺床が通例となり、張りつけも土壁になるなど、さまざまな形式が創出された。上段形式をとらない踏込床や、さらに簡略な壁床もある。
出入口は、客側と亭主側にそれぞれわかれる。草庵茶室では、客の入り口に躙口をもうけるのが特色である。躙口の大きさは、幅2.1尺(約64cm)、高さ2.2尺(約67cm)ほどを標準とする。また開放感をもとめる座敷では腰障子二本立ての貴人口(きにんぐち)とすることもあり、躙口と併用することもある。亭主側の出入口には、点前のために出入りする茶道口と、客座への給仕のために出入りする給仕口があり、間取りによっては2つが共用される。茶道口は通例は鴨居に襖をはめた方立口(ほうだてぐち)であるが、開口上部の土壁を櫛形(くしがた)にぬりまわし、ふちに和紙をはった花灯口(かとうぐち)でもよい。給仕口は花灯口で、利休の大坂深三畳台目がはやい例である。
窓の形式には、土壁をぬりのこしてあける下地窓(したじまど)、竹の連子(れんじ)を打った連子窓、化粧屋根裏にあける突上窓(つきあげまど)がある。茶の湯に精神性を強くもとめた利休は窓の数を抑制したが、有楽斎、織部、遠州らは窓を多く開け、変化にとんだ室内意匠の効果とくつろいだ雰囲気を演出した。また点前座の風炉先窓(ふろさきまど)、床脇(とこわき)の墨跡窓(ぼくせきまど)、墨跡窓に花入をかける工夫をした花明窓(はなあかりまど)など、役窓ともういうべき窓もある。茶室が土壁仕上げになったことにより、窓の大きさや位置を自由にきめることが可能となった。
茶室には、茶の湯の準備をするための勝手、水屋が必要不可欠である。水屋には流しをもうけ、その上に諸道具をならべる棚と物入れからなる水屋棚などをそなえる。
茶室の遺構として代表的なものには、国宝に指定されている待庵(たいあん:京都府大山崎町・妙喜庵)、如庵(じょあん:愛知県犬山市・有楽苑)がある。待庵は二畳敷で、利休の茶室として史実の確かな唯一の遺構とされ、素朴な形式の中にも静謐(せいひつ)な緊張感のある空間となっている。如庵は織田有楽斎が晩年に京都建仁寺の正伝院にいとなんだもので、二畳半台目の茶室。床脇と茶道口との間に三角形の地板(鱗板:うろこいた)を入れ、炉の前角に半柱をたて、下部を花灯形にくりぬいた板をいれるなど、独創的な構成をしめしている。 織部の燕庵(えんなん:京都市・藪内家)は、客座と二枚襖(にまいぶすま)で接する相伴席をもうけたもので、この形式は燕庵形式とよばれる。貴人をまねくときに対応が可能な茶室として、窓の多い明るい意匠とともに、広くこのまれた。また、公家好みの茶室は、同時期の茶人の影響をうけながらも、茶屋の伝統を継承し、細部の意匠をこらした、おおらかで装飾的なものとなっている。 そのほかの遺構として、露滴庵(尾道市・浄土寺)、遼廓亭(りょうかくてい:京都市・仁和寺)、忘筌(ぼうせん:京都市・大徳寺孤篷庵:こほうあん)、桂離宮松琴亭(しょうきんてい)内茶室(京都市)、八窓席(はっそうのせき:京都市・南禅寺金地院)、春草廬(しゅんそうろ:横浜市・三渓園)、八窓軒(京都市・曼殊院)、今日庵(こんにちあん)・又隠(ゆういん:ともに京都市・裏千家)、不審菴(ふしんあん:京都市・表千家)、澱看席(よどみのせき:京都市・金戒光明寺西翁院)、蓑庵(さあん:京都市・大徳寺玉林院)、閑院席・桝床席(ますどこのせき:京都市・大徳寺聚光院)、湘南亭(京都市・西芳寺)、天然図画亭(てんねんずえてい:大津市・居初家)、燈心亭(大阪府島本町・水無瀬神宮)、飛濤亭(ひとうてい:京都市・仁和寺)、庭玉軒(京都市・大徳寺真珠庵)、慈光院茶室(大和郡山市)、清香軒(金沢市・成巽閣:せいそんかく)、憶昔席(いくじゃくのせき:京都市・西本願寺)など多数つたえられている。
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