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EMSとも略称される。EU(ヨーロッパ連合)が、経済通貨統合(EMU:Economic and Monetary Union)をめざして、1979年3月以来実施してきた制度。エキュとよばれるヨーロッパ通貨単位(ECU:European Currency Unit)の創出と為替相場メカニズム(ERM)の構築を内容とし、参加国の緊密な協力による安定的な通貨圏への到達をかかげてきた。そして、99年からのユーロ導入を実現させた。
ECU(エキュ)は、価値基準(表示単位)として、またEU(ヨーロッパ連合)の通貨当局間における決済手段としてもちいられてきた。1995年1月のEU拡大前のEU加盟12カ国(ドイツ、フランス、イタリア、イギリス、ベルギー、オランダ、デンマーク、アイルランド、ルクセンブルク、スペイン、ギリシャ、ポルトガル)の通貨を加重平均した式により計算され、93年11月のマーストリヒト条約の発効以後、計算式は89年9月のものを変更しないこととした。99年1月1日のユーロ導入にあたっては、1エキュ=1ユーロで等価交換された。
安定的な通貨圏を実現するための為替相場メカニズム(ERM:Exchange Rate Mechanism)は、参加国通貨間の為替相場変動幅を一定範囲(原則として各通貨間の中心相場の上下2.25%以内)にとどめるもので、2つの通貨間で変動幅の限界にたっしたときには、両国に無制限の介入義務が生じるとされた。 介入は原則としてヨーロッパ通貨制度参加国の相手国通貨でおこない、介入資金を確保するために、限度額無制限の超短期信用供与制度などの相互信用供与制度がつくられた。超短期信用供与制度を利用した場合の決済は、ヨーロッパ通貨協力基金(EMCF:European Monetary Cooperation Fund)におかれた勘定で処理されることになった。→ 外国為替
ヨーロッパ通貨制度設立にいたる経緯をふりかえると、EC(ヨーロッパ共同体:→ EU)は、1969年12月のハーグ首脳会議において、域内の経済通貨統合をめざすことで合意した。これをうけた「ウェルナー報告」(1970年10月発表)は、経済通貨政策の協調を強化するとともに為替の変動幅をしだいに縮小していき、最終的には単一通貨を導入した経済通貨統合を10年間で実現することをめざした。 1972年4月には「スネーク制度」(域内通貨間ではスミソニアン体制下の変動幅である上下2.25%のさらに半分に縮小すること)、また主要先進国の多くが変動為替相場制に移行したのちの73年3月からは、域内の変動幅を維持しつつ対ドルでは変動するという「共同変動相場制」を実施した。 しかし、1973年末には石油危機の影響が深刻となり、その後は参加国の離脱や復帰、為替平価の再調整がつづき、統合はおくれた。78年4月、コペンハーゲンでおこなわれたヨーロッパ理事会で通貨安定圏の設立が合意され、ついで同年7月のブレーメンにおける同理事会での構想にもとづき、79年3月にヨーロッパ通貨制度が発足した。
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