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バブルとは「泡、あぶく」のことで、バブル経済という場合は、土地や株式などの資産価格が、投機目的によって実体以上に異常に上昇しつづけることをいう。
バブルという英語は、18世紀前半にロンドンでおきた同様の事件に由来している。1711年に南アメリカ貿易の独占権をあたえられて創業した南海会社は、そのような実体をもたなかったにもかかわらず、その株式が異常な人気をよんだ。設立後半年のうちにその株は7~10倍もの高値をつけた。しかし、やがてこの会社が政府債務の整理をひきうけただけということが明らかとなり、あぶくがはじけるようにして、この会社の株式は三文の値打ちもない紙切れになった。→ 南海泡沫事件 バブルの対象はさまざまである。17世紀のオランダではチューリップの球根が対象となったし、南海泡沫事件ののち10年ほどしてからは、パリでジョン・ローの銀行の銀行券が投機の対象となった。 これらは史上三大バブルともいうべき出来事である。20世紀に入ってからのバブルとしては、1929年10月24日、ニューヨーク株式市場でおこったクラッシュ(大暴落)をあげることができる(→ 恐慌)。このときは、大暴落の前に長期間にわたって株価の上昇がみられた。
日本でこの用語が一般化したのは、1986年(昭和61)ごろから株価と土地価格の上昇がはじまり、88年と89年(平成元)ごろにははげしい騰貴となって、バブルであることが、だれの目にも明らかとなってからである。 この間の経過を詳細にみてみると、まず1986年11月から回復過程に入った景気は、国内総生産(GDP)の実質成長率が87年4.2%、88年6.2%、89年4.8%、90年5.1%という大型景気となった。しかしその景気は、91年4月を山に下降局面に入り、91年はなお3.8%の成長率を達成したものの、92年1.0%、93年0.3%、94年0.6%と低迷した。
この1987~90年の4年余りの好況期には、高級マンション、リゾートマンションなどの建設が活発化し、高級自動車、大型カラーテレビなど高級消費財の販売がすすみ、設備投資が増大した。この時期を「バブル期」と一般によんでいるが、その最大の特徴は、株価、地価等の資産価値が急速な値上がりをみせたことにある。 株価は、1982年10月から上昇基調にあったが、86年春より急上昇し、89年末には4年前の約3倍、3万8915円に達した。その後反落に転じ、92年8月には1万4309円というボトムをしめし、株価水準はほぼバブル期以前の水準にもどった。一方、地価は、83年ごろ東京都心の商業地から上昇しはじめ、東京圏、大都市圏、全国へとおよんだ。三大都市圏(東京、大阪、名古屋)の商業地の公示地価を例にとると、86年から急上昇し91年には3倍余りになった後に反落、さがりつづけて99年1月にはバブル期以前85年の水準をわりこんだ。 この資産価値の上昇要因として、まず、経済の基礎的諸条件(ファンダメンタルズ)の良好さがあげられよう。1982年下期から好転した企業収益は、ドル高是正をとりきめたプラザ合意(1985年9月)後、86年に円高による軽微な減少がみられたものの89年にいたるまで上昇し、株価に好影響をあたえた。また、経済や金融の国際化、自由化、情報化などの進展により、都心のビル需要が増大し、賃料や地価が上昇した。 さらに、1986年4月発表の「国際協調のための経済構造調整研究会報告」(前川レポート)にみられるように、内需拡大、規制緩和がいわば日本の国際的公約となったことが大きい。内需拡大のために、金融緩和がはかられ、5.0%であった公定歩合は86年1月末以後5回にわたってひきさげられ、87年2月には2.5%となり、89年5月までその水準にすえおかれた。この低金利政策は企業業績を好転させただけではなく、株式や土地購入の資金コストを軽減した。
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