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Windows Live® の検索結果 894~966 平安時代の官人、書家。小野篁の孫。名は「みちかぜ」とも読む。905年(延喜5)醍醐天皇につかえ、920年に書をみとめられて昇殿(天皇の居所、清涼殿の殿上の間にはいること)をゆるされる。紫宸殿(ししんでん)の賢聖障子(けんじょうのしょうじ)に銘を書いたことや、朱雀(すざく)、村上天皇の大嘗会の屏風に和歌を書いたことが知られる。927年(延長5)興福寺僧寛建が入唐(にっとう)するとき、醍醐天皇は道風に書かせた行草法帖(ほうじょう)各1巻をもたせたほどであった。 王羲之の書を規範としながらも、端正で平明な書風から和様の書の創始者とされる。遺墨には「屏風土代(どだい)」、「玉泉帖(ぎょくせんじょう)」(ともに宮内庁)、「智証大師諡号勅書(ちしょうだいししごうちょくしょ)」(東京国立博物館)、「三体白氏詩巻」(大阪、正木美術館)がある。道風の書は「野蹟(やせき)」とよばれ、藤原佐理、藤原行成の書とともに江戸時代以降「三蹟」といわれた。
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