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  • 後藤祐乗 - Wikipedia

    後藤 祐乗 (ごとう ゆうじょう、 永享 12年( 1440年 ) - 永正 9年 5月7日 ( 1512年 6月20日 ))は、装剣金工の 後藤家 の祖。 美濃国 の生れ。父は後藤基綱。名は正奥。通称は四郎兵衛。 室町幕府 8代 将軍 足利義政 の側近として仕えたが、それを辞して装剣 ...

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    1440~1512 室町時代後期の金工家で、幕末までつづく装剣金工の家系後藤家の祖。通称を四郎兵衛、名を正奥、出身は美濃国といわれる。祐乗は剃髪ていはつしてからの法号である。

  • 後藤祐乗 - 検索ビュー - MSN エンカルタ 百科事典 ダイジェスト

    1440~1512 室町時代後期の金工家で、幕末までつづく装剣金工の家系後藤家の祖。通称を四郎兵衛、名を正奥、出身は美濃国といわれる。祐乗は剃髪(ていはつ)してからの法号である。 足利義政の身辺につかえる近侍(きんじ)となったが、のち装剣金具のうち ...

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後藤祐乗

後藤祐乗 ごとうゆうじょう
百科事典項目

1440~1512 室町時代後期の金工家で、幕末までつづく装剣金工の家系後藤家の祖。通称を四郎兵衛、名を正奥、出身は美濃国といわれる。祐乗は剃髪(ていはつ)してからの法号である。

足利義政の身辺につかえる近侍(きんじ)となったが、のち装剣金具のうち、目貫(めぬき)、小柄(こづか)、笄(こうがい)の三所物(みところもの)専門の金工となった。材質のよい赤銅(しゃくどう)や金などの地金をもちい、高浮彫で竜、獅子、虎などを細緻(さいち)にほりだしている。

後藤家は、将軍家や大名家の御用をつとめたところから、この家の作は「家彫(いえぼり)」と称され、在野の装剣金工家による「町彫」とは格式を異にした。

祐乗の代表作には「獅子牡丹造小サ刀拵(ししぼたんづくりちいさがたなこしらえ)」(前田育徳会)などがある。

日本刀

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