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Windows Live® の検索結果 生没年不詳。室町末期から桃山初期の画僧。作品の年記などから1500年前後に生まれ、86歳余で没したとされる。生家は常陸国(茨城県)太田(現、常陸太田市)の戦国武将佐竹氏の一族。嫡子だったが、みずから出家して禅僧となり周継(しゅうけい)と名のった。 1540年代に会津の戦国大名、蘆名盛氏(あしなもりうじ)の厚遇をうけ、以後、小田原、鎌倉を遍歴し、北条氏康、氏政の庇護や、早雲寺、円覚寺の高僧の援助のもとで画の修業に専念、みずからの画風を確立していった。この遍歴中に大名や寺社に伝来する中国絵画や室町時代の作品に接したことが、雪村の画風形成に重要な意味をもったと思われる。生涯京都にのぼらず東北、関東地方ですごし、晩年は奥州田村(福島県)の三春に隠棲(いんせい)した。その庵の跡が現存している。 遺品の数の多さは同時期の画家の中では例外的で、画題も多岐にわたっている。雪舟に私淑し、中国院体画(→ 画院)をまなび、水墨画のさまざまな手法を身につけて、精緻で写実的な描写から簡潔な溌墨(→ 破墨)描法まで自由に描きこなし、大作も多い。墨の濃淡、構図の静と動、繊細さと力強さとがそれぞれの作品の中でさまざまな表情をみせ、また武家出身らしい気迫にみちている。代表作は「風涛(ふうとう)図」(野村美術館)、「松鷹(まつたか)図」(東京国立博物館)、「呂洞賓(りょどうひん)図」「自画像」(ともに大和文華館)など。1542年(天文11)の年記のある「説門弟資」は日本初の本格的な画論とされる一方、一部に偽書との説もある。
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