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Windows Live® の検索結果 ?~1525 室町後期の画家。足利将軍家の同朋衆。名は真相。号は鑑岳。祖父の能阿弥、父の芸阿弥についで足利義政につかえ、この3代は後世に三阿弥とよばれた。絵画制作、書画の鑑定、座敷飾りの指導、連歌など幕府関係の幅広い技芸にたずさわって、東山文化の形成に重要な役割をはたした。連歌では連歌奉行宗匠となり、また多くの庭園の作者とつたえられ、茶道においても崇拝されているが、これについては確証はない。能阿弥以来の仕事の集大成として、座敷飾りの秘伝書「君台観左右帳記(くんだいかんそうちょうき)」(東北大学本)、「御飾記(おかざりき)」をあらわした。 絵画制作については「蔭凉軒日録(いんりょうけんにちろく)」「実隆公記(さねたかこうき)」に多くの記録があり、「国工相阿」と称されて画名が高かった。伝承作品は多いが現存する確実な作品はとぼしい。代表作は1513年(永正10)創建の大徳寺大仙院の襖絵とされているが、近年、相阿弥筆に異議が呈されている。それに近似する「四季山水図屏風」(メトロポリタン美術館)などとともに、牧谿風の水墨技法による静穏な世界は高く評価されている。狩野元信に多大な影響をあたえた。 能阿弥以来の画系は阿弥派とよばれ、弟子の単庵智伝(たんあんちでん)のほか、相阿弥の画風をうけつぐ者は多いが、直接の継承者は確認されていない。足利氏の没落にともなうものと推測される。
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