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Windows Live® の検索結果 944~998 平安時代の公卿(くぎょう)、書家。摂政太政大臣藤原実頼(さねより)の孫。名は「さり」とも読む。能書家として名高く、円融、花山、一条各天皇の大嘗会の屏風に和歌を書いたことや、内裏(だいり)の殿舎の門額や東寺、伊予三島社などの社寺の額を書いたことが知られる。大宰府に赴任したとき、宇佐八幡宮の神人とあらそって、大弐(だいに)の職を免官されるなど、放縦な性格であったらしい。「大鏡」には「懈怠(けたい)人」(なまけ者)、「如泥(にょでい)人」(だらしない人)と評されている。 969年(安和2)祖父実頼主催の詩歌会で書いた「詩懐紙」(高松藩主松平家につたわり、現在は香川県歴史博物館が収蔵)が現存する。詩懐紙とは、詩歌会に参加した人が、自作の詩をみずから懐紙に清書したものをいうが、佐理はこのとき七言絶句(→ 絶句)を詠じたことや、小野道風の書をまなんでいたことがわかる。そのほか、「離洛帖(りらくじょう)」「恩命帖」「国申文(くにのもうしぶみ)帖」「頭弁帖」「去夏帖」の5通の書状がのこる。佐理の書は「佐蹟(させき)」とよばれ、小野道風、藤原行成の書とともに江戸時代以降「三蹟」といわれた。
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