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  • 藤原行成 - Wikipedia

    藤原 行成 (ふじわら の ゆきなり/こうぜい、 天禄 3年( 972年 ) - 万寿 4年 12月4日 ( 1028年 1月3日 ))は 平安時代 中期の廷臣で、 能書家 としても知られる。一条朝 四納言 の一。 右少将 藤原義孝 の男、母は桃園 中納言 源保光 の女。従三位 源泰清 ( 醍醐 ...

  • 藤原定子 - Wikipedia

    藤原 定子 (ふじわら の ていし/さだこ)、 貞元 2年( 977年 ) - 長保 2年 12月16日 ( 1001年 1月13日 ))は、 平安時代 、第66代 一条天皇 の 皇后 (号は 中宮 、のち皇后宮。なお、 享年 は同時代の公卿 藤原行成 の日記『 権記 』による。『 日本紀略 』『 栄花 ...

  • 藤原行成「ふでの蹟」

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藤原行成

藤原行成 ふじわらのゆきなり
百科事典項目

972~1027 平安時代の公卿(くぎょう)、書家、歌人。摂政太政大臣藤原伊尹(これただ)の孫。名は「こうぜい」とも読む。一条天皇や藤原道長の信任があつく、和歌や漢詩にすぐれ、「枕草子」や「栄花物語」には多くの逸話がのこされている。とくに書家として名高く、1000年(長保2)新築された内裏の殿舎の額を書いたことにより正四位下に叙せられ、また、三条、後一条各天皇の大嘗会屏風に和歌を書いたことが知られる。和様のを完成させ、その書流はのちに世尊寺(せそんじ)流とよばれた。

遺墨には「白氏詩巻」(東京国立博物館)、後嵯峨院本「白氏詩巻」(正木美術館)などがある。日記「権記(ごんき)」の作者としても有名。行成の書は、権大納言の官位から、「権蹟(ごんせき)」とよばれ、小野道風藤原佐理の書とともに江戸時代以降「三蹟」といわれた。

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