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  • 徳岡神泉 - Wikipedia

    徳岡 神泉 (とくおか しんせん、 1896年 2月14日 - 1972年 6月9日 )は、日本の 画家 。 京都府 生まれ。本名、 時次郎 。 京都写生派の流れに立った写実を発展させ、 神泉様式 とも表現される幽玄かつ象徴的な独自の 日本画 は、 戦後 の日本画に大きな影響を ...

  • 物故日本画家-徳岡神泉(1896-1972) - [日本画]All ...

    [新展覧会情報]展覧会名:京都画壇の画家シリーズi「徳岡神泉展」/会期:2006年12月15日(金)~2007年2月4日(日)/会場:奈良市・松伯美術館

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徳岡神泉

徳岡神泉 とくおかしんせん
百科事典項目

1896~1972 日本画家。本名時次郎。京都市に生まれる。1909年(明治42)、土田麦僊を介して、竹内栖鳳の画塾、竹杖会に入門し、翌年京都市立美術工芸学校に入学。14年(大正3)、同校を卒業して、さらに京都市立絵画専門学校(現、京都市立芸術大学)にすすんだ。在学中から文部省美術展覧会(文展)に出品するが、落選を重ね、25年、第6回帝国美術院美術展覧会(帝展)に「罌栗(けし)」が初入選する。翌年、第7回帝展に入選した「蓮池(はすいけ)」が特選となり、29年(昭和4)の第10回帝展でも「鯉(こい)」が特選となって翌年から無鑑査出品となった。この時期の作品は、精緻な写実表現の中に、深い精神性にささえられた静謐(せいひつ)さと緊張感をたたえたもので、官展(文展、帝展など政府主催の展覧会)では、同世代の福田平八郎とならび称せられていた。

戦後になると、「赤松」(1956)や「仔鹿」(1961)に代表されるように、自然の一角の表現も象徴的なかたちをのこすまでに切りつめられ、画肌も重厚なものにかわっていった。審査員などをつとめた日本美術展覧会(日展)を中心に発表をつづけ、1957年には日本芸術院会員に選出された。63年、東京、大阪ではじめての自選展を開催。66年文化勲章受章。没後の74年には、東京国立近代美術館で遺作展が開催された。

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