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Windows Live® の検索結果 広義には、戸外の明るい光をとりいれた画派をいい、そうした表現を外光表現、外光主義という。またとくに、19世紀末のフランス絵画の中で、アカデミックな表現に、印象派(→ 印象主義)絵画の影響をうけて戸外の光をとりいれた明るい色彩表現をくわえた折衷的な画風をさして外光派(プレネリスム)とよぶ。それは、1880年代以降にフランスの官展(サロン)で注目されるようになったジュール・バスティアン・ルパージュ(1848~84)、ラファエル・コラン(1850~1916)などの画家たちであり、彼らの農村風景画、理想画などに外光をとりいれた表現がみられた。 これは、印象派のグループ展が回を重ねるにつれて、その革新的な表現ゆえに、当初の批判と嘲笑から称賛をうけるようになったことと無縁ではない。むしろ、官展にも印象派的な表現がみられ、また評価をえるまでになっていたことは、印象派の勝利をものがたる一つの現象でもあった。ただし、モネをはじめとする印象派絵画は、光と大気につつまれた自然をとらえるために、明るい色彩と筆触分割による表現をとり、自然界にはない輪郭線を放棄し、従来の構図法も無視したのに対して、外光派の画家たちはアカデミックな写実性をまもっていた。 こうした折衷的な表現は、当時フランス国内ばかりでなく、フランスに留学していた画家たちをとおしてヨーロッパ諸国やアメリカ、そして日本などにも広く影響をおよぼした。日本には、留学中ラファエル・コランに師事した黒田清輝、久米桂一郎によってもたらされ、彼らが創設した美術団体白馬会での展覧会活動と、彼らが指導した東京美術学校(→ 東京芸術大学)西洋画科での教育をとおして、明治中期に新しい表現としてうけとめられた。 ところで、近年の19世紀絵画をみなおしていくアメリカを中心とした研究動向の中で、ルパージュをはじめとする外光派の画家たちも、再評価されている。しかしながら、この傾向の絵画は、Plein-air paintingあるいはNaturalismeといわれており、場合によっては印象派にふくまれ、外光派という言葉は、つかわれていないのが実状である。したがって、日本の近代絵画史の中で今もつかわれている外光派という用語も、今後、19世紀末のフランスと諸外国の絵画との比較をふまえて、検討される必要があるだろう。
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