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Windows Live® の検索結果 京都市上京区にある臨済宗相国寺派の大本山。山号は万年山。寺号は義堂周信の提案で相国承天禅寺とされる。1382年(永徳2)、室町幕府3代将軍足利義満が幕府の東隣に創建。春屋妙葩(しゅんおくみょうは)を住持としたが、妙葩は師の夢窓疎石を勧請(かんじょう)して開山とし、みずからは第2世住持となった。以後、室町幕府の保護をうけて発展し、多くの学僧をだして五山文学の中心となった。寺格も京都五山第2位に列し、一時は第1位になったこともある。 また、塔頭(たっちゅう)の鹿苑院(ろくおんいん)には五山官寺を統轄する僧録所がおかれ、実質的に禅宗界一の実力をもっていた。塔頭の多くは足利将軍歴代の御影堂(みえいどう)となっており、鹿苑院(義満)、勝定院(しょうじょういん:4代足利義持)、慈照院(じしょういん:8代足利義政)のように、将軍の法名が塔頭名にされている。 1394年(応永1)の失火をはじめ、火災による焼失、再建をくりかえしたため、当初の建物はのこっていないが、現存の法堂(はっとう:本堂:重要文化財)は1605年(慶長10)豊臣秀頼による再建。国宝の「無学祖元墨蹟」のほか、「十六羅漢像」、「鳴鶴(めいかく)図」、絶海中津の「十牛頌(じゅうぎゅうじゅ)」など多くの重要文化財がある。
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