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  • 南都・大安寺ホームページ

    奈良県奈良市。南都七大寺、かつて大官大寺であった寺院。三論宗の流れを汲む。光仁会や竹供養など各種行事、仏像と伽藍、歴史と人物、各種祈祷・回向の案内。

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大安寺

大安寺 だいあんじ
百科事典項目

奈良市大安寺町にある真言宗の寺。南都七大寺のひとつ。飛鳥時代の官立寺院の中で最高位にあった大官大寺が、平城京への遷都にともない左京六条四坊から七条四坊にまたがる寺地をあたえられて716年(霊亀2)に造営がはじまり、天平年間(729~49)に完成した。このときに大安寺と改称したといわれるが、改称は藤原京遷都後だったともいわれる。

747年(天平19)につくられた「大安寺伽藍縁起並流記(ならびにるき)資財帳」によれば、大安寺式といわれる壮麗な伽藍群がたちならんでいた。すなわち北から食堂、講堂金堂、中門、南大門が一直線上にならび、中門と金堂が複廊(ふくろう)でむすばれていた。さらにのちには南大門のはるか南の左右に塔がおかれることになる。この配置のモデルは唐の西明(さいみょう)寺で、遣唐留学僧の道慈の立案かという。

東大寺ができるまでは国家最大の官立寺院で、三論宗の道場として審祥、普照、菩提僊那(ぼだいせんな)、思託などが活躍した。平安中期以来たびたび火災にあい、江戸初期にはわずかに金堂一宇がのこるだけに衰退した。その金堂も18世紀半ばにうしなわれたが、明治前期に本堂の再建がなった。

寺宝としては奈良末期から平安初期の一木造の貴重な彫像として十一面観音菩薩像(観音)、楊柳観音立像、馬頭観音像など9体があり、大安寺様式とよばれる。いずれも重要文化財に指定されている。

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