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Windows Live® の検索結果 奈良県葛城市当麻にある真言宗、浄土宗の2宗に兼属する寺。二上山(にじょうざん)の東麓(とうろく)に位置する。寺伝では、用明天皇の皇子の麻呂子親王(まろこしんのう)が発願して河内国交野郡(かたのぐん)山田郷に万法蔵院をつくり、それを親王の孫にあたる当麻真人国見(たいまのまひとくにみ)が681年(天武10)、現在地にうつしたとする。正確な記録はないが当麻氏の氏寺として白鳳(→ 白鳳文化)時代に建立がはじめられたらしい。 この寺には、763年(天平宝字7)、横佩(よこはぎ)の大臣(おとど)とよばれる藤原豊成の娘、中将姫が出家入寺し、阿弥陀如来の助けにより蓮糸の曼荼羅をおりあげて現身(うつしみ)のまま成仏したという伝説がのこされている。現在つたわる曼荼羅は「当麻曼荼羅」と通称され、絹糸の綴織(つづれおり)で国宝である。 奈良時代には本堂(国宝:曼荼羅堂)が建立され、当麻曼荼羅がおさめられた。また、奈良時代の終わりから平安時代初めにかけて東西の三重塔(ともに国宝)が建立されている。平安初期に空海が逗留し真言宗との関わりが発生したが、さらにこのころ以降、浄土教への傾斜を強めていく。1180年(治承4)に兵火でいったん焼失した金堂、講堂はのち再建され、鎌倉時代には中将姫伝説の流布とともに本堂の改築、当麻曼荼羅を安置する六角厨子(ずし)の改修などをおこない、浄土教寺院として興隆していく。1370年(応安3)に知恩院の誓阿上人が奥の院を建立し、深い関係がきずかれた。 金堂には白鳳時代につくられた塑像の本尊、弥勒如来(みろくにょらい)座像があり国宝に指定されている。また最古の乾漆造の四天王立像も安置される。講堂には平安から鎌倉時代にかけての諸仏がならぶ。ほかに白鳳時代の押出仏(おしだしぶつ)と梵鐘(国宝)、天平時代以前の石灯籠(いしどうろう)、平安時代の蒔絵の倶利迦羅竜蒔絵(くりからりゅうまきえ)経箱(国宝)、室町期の「法然上人行状絵巻」など多数の宝物が伝来する。 毎年5月14日におこなわれる練供養会(ねりくようえ)は、真言宗徒と浄土宗徒合同の行事で、来迎和讃の唱和のうちに観音、勢至、普賢などの菩薩(ぼさつ)の行道面(ぎょうどうめん:→ 仮面)をつけた人々や、中将姫の像をおさめた輿(こし)が行列をつくり娑婆(しゃば)堂へくりこむなど、迎講(むかえこう)の古式をつたえている。
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