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  • 高野山真言宗遺跡本山 檜尾山観心寺

    当寺は大阪・奈良・和歌山の三県の境に位置し、西暦701年に修験道の開祖・役行者が開創され、後に弘法大師空海が真言宗の道場とした寺院です。境内には弘法大師の筆頭弟子道興大師実恵の墓、南北朝の英雄楠木正成の墓、第九十七代後村上天皇の御陵など ...

  • 観心寺 - Wikipedia

    観心寺 (かんしんじ)は、 大阪府 河内長野市 にある 高野山真言宗 の寺院である。山号を檜尾山と称し、遺跡本山(ゆいせきほんざん)である。本尊は 如意輪観音 、開基(創立者)は実恵である。 仏塔古寺十八尊 第十三番。

  • 高野山真言宗遺跡本山 檜尾山観心寺 周辺地図

    南海高野線及び近鉄長野線「河内長野駅」から南海バス小深線「金剛山ロープウェイ前行」「石見川行」か小吹台団地線「小吹台行」(8~11系統)に乗車、バス停留所「観心寺」下車。

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観心寺

観心寺 かんしんじ
百科事典項目

大阪府河内長野市にある真言宗の寺。檜尾山(ひのおざん)の山号をもつ。役小角の開創とつたえ、もと霊心寺という。815年(弘仁6)に空海が再建した。高野山東寺をむすぶ街道の重要な寺に位置づけられ、空海は天の北斗七星を勧請(かんじょう)して七星如意輪観世音菩薩をきざみ本尊とし観心寺と改称したという。

827年(天長4)に空海の高弟実慧(じつえ)、真紹が造営し、869年(貞観11)清和天皇により定額寺に列している。南北朝期に楠木氏との関係が深くなり、後醍醐天皇の帰依(きえ)もあつかった。また南朝の後村上天皇は金剛寺から行宮(あんぐう)し、のち住吉で没したが遺言によりこの寺に檜尾陵が造営されている。

金堂は南北朝期にたてられた折衷様の代表建築で、大阪府下最古の国宝建造物としても知られる。本尊の如意輪観音座像は「観心寺勘録縁起資戝帳」に記載され由緒の明確な像として貴重である。乾漆が部分的につかわれ、官能的ともいえる彩色ものこり、平安前期の密教彫刻を代表するものとして国宝に指定されている。ほかに重要文化財に指定されている聖観音(しょうかんのん)立像、地蔵菩薩立像など、平安時代の諸像がある。

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