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上述の例では、散乱体が不規則に存在しているため、散乱をうけた波動は直進成分を弱めていた。一方、X線の散乱のような場合には、規則正しく存在した散乱体による散乱波がたがいに干渉して、それを撮影すると大きなスポットを中心にして小さな斑点が規則的にならんだような回折像がえられる。 せまいくさび型スリットを利用したX線の回折実験は、20世紀がはじまってすぐの数年の間にはじめられた。その結果を理論的に検討したドイツの物理学者アーノルト・ゾンマーフェルトは、実験にもちいられたX線の波長は約0.03nm(ナノメートル:10億分の1m)であると結論した。 その後、このX線をもちいて結晶構造をしらべようとする試みが、1912年にドイツの物理学者マックス・フォン・ラウエによってはじめられた。ラウエは、推定された結晶格子の大きさとゾンマーフェルトが推定したX線の波長とが同程度の大きさであることに目をつけ、結晶の構造を実験的に明らかにしようとしたのである。この実験は成功し、大きな反響をよび、イギリスの物理学者ウィリアム・ヘンリー・ブラッグ、ウィリアム・ローレンス・ブラッグ父子や寺田寅彦らがX線波長と結晶構造の関係の研究をおこなった。
X線と同様に、放射線の散乱現象も観測された。アルファ線の散乱現象は1906年にイギリスの物理学者アーネスト・ラザフォードによってはじめて観測された。それは、アルファ線の比電荷と速度をより精確にきめようとする試みの中でみいだされた。ラザフォードは、アルファ線ビームのスリット像のぼけを、空気中でアルファ線が散乱されるためと結論し、またスリットに雲母の膜をはることによって像がさらにぼけることもたしかめた。 ラザフォードとともにアルファ粒子の電気的計数法の開発にたずさわったドイツの物理学者ハンス・ガイガーは、1908年からアルファ線散乱の研究をはじめた。ガイガーはさらに、イギリスの物理学者アーネスト・マースデンとともに、アルファ線の最適散乱角が、アルファ線を通過させる金属の厚さや原子量にどう依存するかをしらべた。そして、アルミニウムより重い数種の金属箔(はく)によって反射されるアルファ粒子をしらべると、ごく少数であるが、90°以上に散乱される粒子があることを発見し、09年、論文に発表した。 ガイガーとマースデンの実験結果は、1911年にラザフォードによって、原子がほとんど1点に集中した中心電荷をふくむという仮定から説明できることがしめされた。ただし、ラザフォードの関心は、アルファ線の散乱現象そのものにあって、アルファ線をもちいて原子構造をさぐろうという積極的な意図は薄弱であった。 中心の電荷の符号は正負のどちらであってもよいとしているし、原子の質量が中心に集中しているとはいっていない。原子の有核モデルは、1913年に、デンマークの物理学者ニールス・ボーアによってはじめて明言されたとみるべきだが、散乱実験が原子の核構造の発見に寄与したことはいうまでもない。
このようにして、散乱は、原子核や素粒子の分野ではもっとも重要な研究方法となった。散乱実験では、散乱体にビーム状の波動や粒子を照射し、四方に散乱されてでてくる波動や粒子をじゅうぶんはなれた場所の検出器によって観測する。入射ビームの強度、単位体積当たりの散乱体の数、散乱体の厚さ、単位時間当たりの散乱粒子数またはエネルギーなどの量から、散乱体のミクロな状態やビームと散乱体の相互作用について知ることができる。とくに、入射粒子が単位強度の強さであるとき、散乱体によって単位時間内に単位立体角当たりに散乱される割合を散乱の微分断面積という。 衝突の際、粒子の進行方向だけがかわり、エネルギーはかわらない場合を弾性散乱とよび、粒子の内部状態がかわる場合、つまり、粒子のエネルギーや数、種類がかわる場合を非弾性散乱とよぶ。非弾性散乱のときには、新たに粒子や光などが発生する。
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