![]() |
Windows Live® の検索結果
Windows Live® の検索結果 1950年(昭和25)5月に制定された、文化財の保護に関する法律。49年の法隆寺金堂焼失事件がきっかけとなり、作家の山本有三ら参議院議員によって発議された議員立法。法律では、「文化財を保存し、かつ、その活用をはかり、もって国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献すること」(1条)とうたわれ、以後、日本の文化財保護が大きく進展した。 第2次世界大戦前の古社寺保存法、史蹟名勝天然紀念物保存法、国宝保存法、重要美術品等ノ保存ニ関スル法律などを統廃合し、保存の対象として新たに無形文化財(→ 人間国宝)、埋蔵文化財、民俗資料がくわえられた。現在、文化財保護法の対象になる分野は、有形文化財、無形文化財、民俗文化財、記念物(史跡、名勝、天然記念物)、伝統的建造物群(→ 町並み保存)で、このうち重要なものを指定(伝統的建造物群は選定)し、保護をおこなう。また、法律では管理、修理、公開などについてもさだめられている。→ 国宝 なお、文化財の保存のために必要な伝統的な技術や技能も、保存の措置が必要とみとめられれば、選定保存技術として、その技術保持者や保存団体が認定される。また、重要無形文化財・重要民俗文化財以外の無形文化財・民俗文化財のうち、とくに必要とみとめられるものを選択し、記録、保存、公開などをおこなう選択制度があり、記録作成などの措置が講じられている。 これらの業務をすすめるために、専門機関の文化財保護委員会がおかれた。その後、業務量などの拡大に対応するため、1968年に文化庁が設置され、委員会は廃止された。文化財保護法は制定以来、時代の推移や文化財保護行政の変化に応じて何度も改正(一部)されている。 1996年(平成8)10月に施行された文化財保護法の改正では、文化財登録制度が導入された。これは開発や生活様式の変化によって、消滅の危機にさらされている重要度の高い文化財を幅広く保護していこうというもので、これまでの指定制度で対象外となることの多かった近代の建造物を中心に、江戸時代から現代までの建築物や土木構造物などが登録されることとなった。登録の基準は、建設後50年を経過し、国土の歴史的な景観に寄与しているものや、造形の規範になっているもの、あるいは再現が容易でないものとなっている。登録有形文化財になると、現状変更の届出が必要となるが、保存するために低利融資などをうけられるなどの特典もあり、指定制度よりはゆるやかな保護措置がとられる。 なお、2005年4月施行の一部改正では、有形文化財、無形文化財、民俗文化財、記念物、伝統的建造物群の5分野にくわえて新たに「文化的景観」が文化財として位置づけられている。これによって、棚田(千枚田)や段々畑、北山杉などの森林、里山など、人々が長く生業をいとなむ中で、自然に手をくわえてつくりあげてきた景観が保護されることになった。また同時に、民俗文化財の中に鍛冶(かじ)や酒造などの「民俗技術」を追加することや、登録有形文化財制度を建築物や土木構造物以外の有形文化財である有形の民俗文化財と記念物にも広げることがもりこまれた。 2006年1月にはじめての重要文化的景観として、滋賀県近江八幡市の「近江八幡の水郷」が選定され、同年7月に岩手県一関市の「一関本寺の農村景観」が第2号となった。07年7月には、北海道平取町の「アイヌの伝統と近代開拓による沙流川(さるがわ)流域の文化的景観」と愛媛県宇和島市の段々畑「遊子水荷浦(ゆすみずがうら)の段畑(だんばた)」がえらばれている。
© 1993-2008 Microsoft Corporation. All Rights Reserved. |
© 2008 Microsoft
![]() ![]() |