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奈良県高市郡明日香村にある7世紀後半~8世紀初めの飛鳥時代の遺跡。奈良県立万葉文化館(万葉ミュージアム)建設にともない、1997年(平成9)から奈良国立文化財研究所(現、奈良文化財研究所)により発掘調査がおこなわれた。面積約9500m²の遺跡から7世紀後半の石組み方形池遺構、石敷き井戸跡のほか、金、銀、銅、鉄、ガラス工房と思われる遺構やるつぼ、金属製品などの遺物、7500点以上の木簡、大量の土器類が出土した。 遺物の中には純度100%の金もあることから、朝鮮半島産の金を輸入したと考えられ、この地が古代最大のまた最先端をいく生産工房であったと推定される。1998年には日本最古の「天皇」銘や天武朝と思われる「丁丑年(ていちゅうねん=677年)」銘、新嘗祭にもちいた「次米(すきのこめ)」の文字銘のある木簡が発見された。天皇銘木簡は、国家元首の呼び名がこの時点で大王(おおきみ)から天皇になっていたことを証明する超一級の史料といわれる。
さらに、1999年1月には33枚もの富本銭(ふほんせん)が出土したことが新聞発表され、大きく注目された。7世紀後半の土層からの出土で、鋳型(いがた)から出された直後と思われる鋳張りがのこる例や鋳型の湯道(ゆみち)である鋳棹(いざお)もいっしょに発見されているため、この地で鋳造されていたことは確実である。この発見により、日本最古の貨幣を708年(和銅元)の和同開珎とする従来の定説がくつがえされることとなった。 飛鳥池遺跡は1950年代に発掘された飛鳥寺跡に隣接し、飛鳥浄御原宮跡と推定される飛鳥板蓋宮跡(あすかいたぶきのみやあと)伝承地の北東500mの地点にある。「日本書紀」などによれば、677年(天武6)に新嘗祭の記録があり、683年には「今より以後、かならず銅銭をもちいよ」という記述もあることから、壬申の乱(672)に勝利した天武天皇がはじめて天皇号をもちいる一方、藤原京造営にあたって都周辺の消費経済をささえるため、最初の通貨である富本銭を鋳造したという説も出されている。 また、2001年春には南に接する酒船石遺跡との境界付近で鉄製品を鋳造した炉跡がみつかった。酒船石遺跡は天皇が祭祀(さいし)をおこなったところと考えられており、工房もふくめて一帯には朝廷の重要施設があったらしい。
貴重な埋蔵文化財が発掘されたことから、遺跡の保存か、施設建設による活用かで奈良県と学術・市民団体の見解がわかれたが、最終的に奈良県は遺跡の上に保護土をいれて現状保存をはかり、万葉文化館の建設を決定した。2001年9月に開館した万葉文化館は「万葉集」を中心テーマとする総合文化施設で、万葉庭園には発掘でみつかった石敷き井戸と方形池が復元され、中庭には富本銭の鋳造場所とされる炉跡群も復元展示されている。また館内には当時の工房をジオラマによって再現している。
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