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奈良県の中央部にある、高市郡(たかいちぐん)の村。奈良盆地の南東部に位置する都市近郊農村。南部の竜門山地(りゅうもんさんち)を発した飛鳥川(あすかがわ)が北西にながれる。その流域と橿原市の一部にかけては、古く「飛鳥」とよばれ飛鳥文化の中心地であった。その遺跡や文化財が密集し、観光が村の重要な産業である。1956年(昭和31)高市村、飛鳥村、阪合村(さかあいむら)が合併して成立、村名表記を「明日香」とした。面積は24.08km²。人口は6460人(2007年)。 村域には高松塚古墳、石舞台古墳、キトラ古墳など、国指定の特別史跡や史跡だけでも20カ所あり、古代史ファンや日本の原風景をもとめておとずれる観光客が四季を問わず列をなす。1980年(昭和55)に国はその歴史的風土を保存し、村民の生活環境を整備するため、「明日香村における歴史的風土の保存および生活環境の整備等に関する特別措置法」、いわゆる「明日香村特別措置法(明日香保存法)」を10年間の時限立法として制定、村全体を風致地区に指定した。その後も延長して整備計画がすすめられ、景観保全のための村民の努力がつづけられている。 文化施設に奈良文化財研究所飛鳥資料館、高松塚壁画館、村立明日香民俗資料館などがある。
南西部の檜前(ひのくま)は飛鳥文化の担い手となった渡来人の居住地であった。7世紀初頭の推古天皇の豊浦宮(とゆらのみや)以後、天武天皇の飛鳥浄御原宮にいたる約100年間、天香具山(あまのかぐやま。→ 大和三山)から南方に「飛鳥」を冠する宮が集中的にいとなまれた。その間、一時、難波宮や近江大津宮への遷都(せんと)があったものの、飛鳥は古代政治の中枢となった。また飛鳥寺や川原寺、豊浦寺、大官大寺など多くの寺院が建立された。 しかし694年(持統8)に藤原京、710年(和銅3)に平城京への遷都がおこなわれて、飛鳥古京はしだいにわすれられた。寺院などは荒廃し、亀石や猿石など、多くの奇妙な形の石造物は、用途不明のまま伝説を生んだ。今なお正確な跡地がわからない宮や寺もあり、地道な発掘調査が現在もつづけられている。最近の調査では、最古の銅銭である富本銭がみつかった飛鳥池遺跡、酒船石の近くに亀形水槽などの祭祀(さいし)に関係するとみられる施設があった酒船石遺跡、薬園なども付属していたとされる飛鳥京の庭園遺構などが発見されている。飛鳥池遺跡の地には、2001年(平成13)9月に県立万葉文化館がオープンしている。
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