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茶道でももちいられるが、俳諧、とくに蕉風俳諧でもちいられる美的理念語。もともとは「わぶ」という動詞の連用形が名詞化したものである。「わぶ」は、意のままにならないことをなげくこと、あるいはひどく落胆することをいう。それが、平安末期から鎌倉時代にかけて、思いのかなわない失意や落胆の境涯に、かえって深い情趣をみいだすようになり、「わび」「わぶ」も、そうした情趣を表現する言葉となってゆく。謡曲の「松風」にある「ことさらこの須磨の浦に心あらん人は、わざとも侘(わ)びてこそ住むべけれ」という詞章には、「わぶ」ことをおもしろがる、そんな風狂精神が如実にあらわれている。
一方、茶道の世界では、武野紹鴎や千利休らによって、いわゆる「侘茶(わびちゃ)」が大成された。これも、物質的な不如意にあまんじて清貧に徹する精神を基調としており、それを理想の美とするところは「松風」の風狂の精神とかようところがある。→茶の湯の「侘茶の大成、茶の湯の全盛」
芭蕉の蕉風俳諧は、紹鴎、利休らの「侘茶」の精神を模範とすることで、俳諧に「わび」の理念をもちこんだ。1680年(延宝8)の深川隠棲(いんせい)あたりから、芭蕉の「わび」への傾斜が顕著にみえる。81年(天和元)の「わびてすめ」の句文には、「月をわび身をわび拙(つたな)きをわびて、わぶと答へむとすれど問ふ人もなし。なほわびわびて」という詞書に、「わびてすめ月侘斎(つきわびさい)が奈良茶うた」という発句がしるされている。「わび」の境涯をかみしめ、かつ興じている句文である。また84年(貞享元)の「野ざらし紀行」の旅の途中でなった「冬の日」所収の歌仙(連句)には、長旅のわが身を「わびつくしたるわび人」とよんでいる。ここにも同様の風狂精神がうかがわれる。 芭蕉はこの「わび」の理念を、静寂な観照的態度で対象を把握する「さび」の理念や、哀憐の心をただよわせる「しほり」の理念へと展開させた。
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