Windows Live® の検索結果
Windows Live® の検索結果 項目構成
能にもちいる仮面。能の創始者である世阿弥が座の伝説を書いた中に、聖徳太子が66の面をあたえて芸能をつくらせたとあるのをみても、能が仮面劇として出発したことがうかがえる。神事が芸能化した「翁(おきな)」にもちいられる翁面が能面の原点であり、今日も神聖視してあつかわれている(→ 翁)。 「オモテをカケル」といい、「オメンをカブル」とはいわない。能面はいわゆる仮面ではなく、能面こそが真実の顔であると能は考えている。現実の男性の役(たとえばワキの役)は、能面をもちいないのが原則だが、直面(ひためん)という言葉がしめすように、自分の顔をそのまま能面としてつかうのであり、顔面表情や、メーキャップをほどこすことはない。 材料はヒノキがふつうであるが、キリ、クスノキなどももちいられる。顔料で彩色してしあげる。目や歯にめっきした銅をはめこみ、また髭(ひげ)や睫毛(まつげ)などを工作することもある。伎楽面・舞楽面(→ 伎楽・舞楽)などにくらべ、うすく小型につくられているのが特徴。長時間の舞台での使用に耐えるあらゆる表情を包括した中間表情の面と、威嚇や攻撃の瞬間表情の面とに大別され、世界でもっとも精緻な感情表現を可能としている。
基本型は60種ほど。派生面をくわえると200種近い。
能面はたんなる扮装(ふんそう)の道具ではなく、その曲にもちいる能面が演出をきめるほど重要な存在である。装束をつけおえたシテは、鏡ノ間(かがみのま)の大きな鏡にむかって精神を集中し、能面をおしいただいてかける。能面に自己のすべてをおしこめる気持ちである。能面をかけた演技者は、視野が極端に狭まり、呼吸も困難な状態におかれる。トランス(→ 催眠)におちやすい環境だが、それをコントロールする覚めた意思を、世阿弥がすでに指示している。彫像のような動きも、すり足の歩行も、直線的なデザインの装束も、すべて能面の規制によるものであり、能面こそが能の理念と表現の「核」である。 能面の技法の原則は、「クモル」。ややうつむいて悲しみや決意を表現する。ややあおむけるのを「テラス」といい、明るい喜びの感情が出る。左右にゆっくりうごかして物をみたり、風の音を聞いたりするのを「面をツカウ」、鋭角的にするどくうごかすのを「面を切ル」という。
世阿弥の「申楽談儀(さるがくだんぎ)」には、鬼の面の名手・赤鶴(しゃくづる)、女面の名工・愛智(えち)ほか、竜右衛門、石王兵衛(いしおうびょうえ)、夜叉(やしゃ)ほかの名前があり、これらの作とつたえるすぐれた面は、本面(ほんめん)とよばれて能の各家に大切に保管されており、舞台にももちいられる。 室町末期から桃山時代にかけては、三光坊(さんこうぼう)、河内(かわち)、是閑(ぜかん)らの名工が輩出し、能面の典型のほぼすべてがそろうこととなる。江戸時代は古作の模写(写し)の時代となり、能面打ちは世襲の家として幕府につかえた。明治期以降の作品は「新面」とよばれるが、すぐれた能面作家も生まれ、カルチャー・センターなどの能面教室も流行している。また、キリストや空海など、新しい作品にともなう創作もおこなわれるようになった。能面は舞台でつかわれることによって精彩をくわえていく。たんなる美術品ではない。各時代の能役者の精魂を吸収しつつ成長する不思議な存在である。 素顔を建前とする狂言でも、狂言面をもちいることがある。人をおどすのに鬼の面をかけたり、みにくい女にかぎって面をもちいる点などが、能面の用法と大きくことなる。
© 1993-2009 Microsoft Corporation. All Rights Reserved. |
© 2009 Microsoft
![]() ![]() |