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恨みをいだいて死んだ人間の死霊、もしくは、はげしい恨みをいだいている人間の生霊を怨霊という。怨霊は、その恨みをはらすために、たたる(→ 祟り)と考えられている。
平安前期には、のちの平城天皇が皇太子の時代に長く病いにふせっていたのは、藤原種継暗殺事件に連座して、淡路にながされ、その途中でなくなった早良親王の怨霊のたたりであるとされ、親王の怨霊をなぐさめるためにさまざまな手立てがこうじられた(→ 長岡京)。しかし、日本の歴史上、もっとも名高いものは、菅原道真の怨霊である。道真がなくなったころには、疫病がくりかえし流行していたが、疫病は怨霊によるものと考えられていた。京都の祇園祭も、896年(寛平8)に怨霊をしずめるためにおこなわれた御霊会(ごりょうえ)(→ 御霊信仰)にはじまるとされている。疫病は、現代でいえば伝染病にあたるが、当時の医学水準では、疫病を病原菌による伝染病としてとらえる知識がなかった。そのため、疫病の原因として怨霊がもちだされたわけだが、その背景には政治的な争いや社会の混乱があったとみることができる。
「源氏物語」や「栄花物語」などの平安文学に登場するもののけも怨霊の一種であり、もののけは人間にとりついて病いや難産をひきおこすとされた。もののけを退散させるためには、加持祈祷が有効であると考えられ、実際に、密教の僧侶などによって加持祈祷がおこなわれた。平安時代に密教が強くもとめられ、仏教界の頂点をきわめた背景には、もののけの流行がある。 その後も、東国で反乱をおこした平将門や、江戸時代の義民、佐倉惣五郎の怨霊などがたたるとされたが、怨霊には、体制批判の表現という要素もある。
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