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神仏による懲罰や死霊、動物霊などがもたらす災禍をいう。祟りは基本的にはその社会の秩序や規範をやぶったときにあらわれる。 現在の神奈川県横浜市の鶴見神社(古くは杉山神社とよばれた)には、大きなヒノキがあって人々の信仰をあつめていたが、あるとき、江戸の芝居小屋の棟木にするため切りたおした。ところがその後、病人がでたり奇怪なことがつづいたので、関係者が代わりの木を植えて伐採の跡をとむらったところしずまったとつたえている。神仏の祭りをおこたったり、聖地をおかす、神木を切る、神の使いとされる動物を殺すなど原因はさまざまで、その結果もたらされる災禍も一様ではない。ただ、祟りという現象の因果関係は、なんらかの不幸な現実に直面した結果からその原因をもとめる場合が一般的である。原因不明の病気にかかる、事故にあうといったことがおこり、そこで祈祷師、陰陽師(陰陽道)、修験者(→ 修験道)などに判断をあおぎ、こうした宗教者の判断と指示にしたがって祟りをなす神仏を供養し、災禍をしずめようとするケースは多い。 本来、「タタリ」は神霊がこの世に示現し神威をあらわすことをさしていたが、非業の死をとげた人々の怨霊が疫病をはやらせるなど災禍をひきおこすとする御霊信仰の影響が強くなるにしたがって、もっぱら祟りの意味でもちいられるようになったと説かれている。
九州の太宰府で憤死した菅原道真の怨霊が祟った話は広く知られている。当時発生した事件や異変が、天神とくに雷神とむすびついた道真の怨霊の仕業だと信じられたためで、これをしずめるために京都の北野に霊をまつった。北野天満宮はのちに道真の学芸の才能にあやかって学問の神としてあがめられるようになった。現在でも、この世に恨みや未練をのこして死んだ者の霊は祟りやすいと信じられている。
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