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1817~94 イギリスの考古学者、外交官。アッシリア帝国の首都ニムルド(古代名カルフ)とニネベの宮殿を発掘した。5年間ほどの集中的な発掘調査で、アッシリア学者としての名声を獲得した。 パリで生まれたレヤードは、イタリアで少年時代をすごした。ロンドンの法律事務所につとめていた22歳のとき、法律の道に行き詰まりを感じ、セイロンをめざして旅だった。旅の途中、古代メソポタミアのアッシリア帝国の遺跡を発掘していたフランスの考古学者ボッタとであい考古学に興味をもつようになったという。 コンスタンティノープル(現、イスタンブール)のイギリス大使館に1842年からつとめ、その間に旧約聖書に書かれている古代都市に強く興味をおぼえ、駐トルコ大使カニングから発掘助成金を獲得することに成功する。
1845~47年、レヤードはニムルドを集中的に発掘し、大きな成果があった。アッシュールナシルパル2世(在位、前883~前859)やエサルハドン王(在位、前680~前669)などの宮殿遺跡から、アッシリアの王たちの功績をえがいたレリーフや守護神である人面有翼獅子像など、貴重な工芸遺物や粘土板文書を発見した。48年に大英博物館はこれらの出土品を展示、一大センセーションをもたらした。レヤードは「ニネベとその遺跡」という発掘の模様をまとめた本を翌49年に書きあげ、これはベストセラーとなった。ニムルドは当初ニネベと思われていたのである。
大英博物館の援助をうけたレヤードは、1849~51年まで中東の発掘現場へもどり、調査をつづけた。その間、ボッタが42年から発掘していた王城跡の発掘にくわわり、ニネベの廃虚とわかると集中的に発掘し、そこでセンナへリブ王(在位、前704~前681)の宮殿跡を発見した。アッシュールバニパル王(在位、前668~前627)の宮殿跡からは、楔形文字の書かれた粘土板文書が保管されていた大文書庫を発見し、2万点をこえる粘土板文書はアッシリア学の基礎資料として大きく貢献した。 レヤードは古代バビロニアの遺跡も発掘し、1851年にイギリスにもどると、ニネベとバビロニアでの発掘成果をいくつかの本にまとめた。代表的な著書には、「ニネベとバビロンの遺跡で発見したもの」(1853)と「ニネベの出土遺物」(同)がある。 その後、考古学の世界から政界へと転身したレヤードは、国会議員を長くつとめ、1877年には、大使としてコンスタンティノープルにおもむいている。
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