検索
エンカルタ内で検索 : 同朋衆

Windows Live® の検索結果

  • 同朋衆 - Wikipedia

    同朋衆 (どうぼうしゅう)とは 室町時代 以降 将軍 の近くで雑務や 芸能 にあたった人々のこと。 一遍 の起した 時衆 教団に、芸能に優れた者が集まったものが起源とされる。阿弥衆、御坊主衆とも呼ばれた。 1866年 ( 慶応 2年)に廃止された。

  • 三一書房書籍データ>〈武家文化と同朋衆〉

    『武家文化と同朋衆』 生活文化史論/ 村井康彦著/ 定価2854円(本体価格2718円)/ ISBN4-380-91203-5 『花と茶の世界』など独自の芸能的中世論を逸早く鋭利に展開してきた著者の代表作にして「どうぼうしゅう」をはじめとした蠢く中世の脈動をとらええた名著 ...

  • Amazon.co.jp: 武家文化と同朋衆―生活文化史論: 村井 康彦: 本

    序論(天文文化論 二つの「一座建立」) 第1部 武家文化の構造(北山殿の唐物数奇 東山殿の芸術生活 同朋衆と阿弥衆 武家文化と同朋衆) 第2部 座敷飾の世界(芸能空間としての書院 座敷飾の成立 『君台観左右帳記』と『御飾書』)

すべての検索結果 :
Windows Live® の検索結果

同朋衆

同朋衆 どうぼうしゅう
百科事典項目

室町時代に将軍の側近にあって美術工芸品の鑑定や管理のほか、芸能、茶事、雑役などをつとめた僧体(髪をそり、法衣を着た姿)の者をさす。

足利将軍家につかえた同朋衆の起源については、3代将軍足利義満が幼少のとき、細川頼之が6人の法師をえらんで童坊(どうぼう)とよばせ、かわった服装で遊芸をさせて、義満をたのしませたことが始まりとつたえる。以後、歴代将軍にこうした側近がおかれ、やがて将軍の使者となったり、取り次ぎをおこなったり、趣味の世界にかかわったりするようになったものらしい。

義満につかえた観阿弥世阿弥の父子は、猿楽能(猿楽)の大成者として有名である。8代将軍足利義政につかえた能阿弥芸阿弥相阿弥の3代(三阿弥:阿弥派)は水墨画や唐物(からもの:中国などからの輸入品)鑑定、善阿弥は作庭、立阿弥(りゅうあみ)、台阿弥は立て花(いけばな)で知られる。これら足利将軍歴代の同朋衆は、一般に阿弥号(あみごう)をもち、時宗の流れをくむ者がいた。

江戸幕府で同朋衆は役職となり、同朋とよばれて若年寄の配下に属した。同朋頭(どうぼうがしら。200石高)4人の下に同朋、坊主があり、頭は将軍外出時の供奉(ぐぶ)、老中や若年寄の用などをおこない、同朋、坊主は江戸城内での大名の案内、茶や食事の世話などにあたった。諸藩にも幕府にならって同朋という役職をおく場合があり、茶の湯の接待や部屋の室礼(しつらい)などの技芸をもつ者があたった。

項目内で検索
項目全体を印刷
項目の URL をメールで送る




© 2009 Microsoft