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国王を中心とする強力な中央集権国家をつくりあげたフランスでは、音楽活動も王宮を中心にくりひろげられ、イタリアとは一線を画する独特な様式が形成された。 オペラは17世紀半ばにイタリアより移入されたが、つづくルイ14世の時代に、王の保護のもとでリュリが抒情悲劇(トラジェディ・リリック)という独自のオペラを発展させた。これは、フランス語の抑揚を生かした歌唱を主体とし、バレエと合唱を重視している点に特徴がある。18世紀にはラモーがその後継者となった。 器楽の分野では、フランスはビオラ・ダ・ガンバやリュート演奏の伝統が継続するという保守的な傾向があった。また、クープランに代表される標題つきのクラブサン(ハープシコード)曲は、美術のロココ様式に対応する雅(みやび)やかな世界をつくりだしている。
ドイツ音楽は、三十年戦争という過酷な経験をしながらも、イタリアやフランスの影響のもとに発展し、バロック時代にはこれら2国と肩をならべるほどの成長をとげた。 ルター派教会には音楽を重視する伝統があり、17世紀前半にシュッツがイタリアの様式をとりいれて、受難曲などプロテスタント(→ プロテスタンティズム)の宗教声楽曲の基礎をきずきあげた。教会ではまた、ブクステフーデ、パッヘルベルなどがコラールにもとづくオルガン曲を発展させた。これらの伝統はバッハにうけつがれ、最高度の完成をみることとなる。 18世紀には市民を対象とした演奏会活動も盛んになった。それに大きく貢献したのがテレマンである。彼の作品はまた、古典派音楽の先駆けをなすものと位置づけられている。
イギリスでは17世紀後半、清教徒革命以降の王政復古の時代に、ほかの国におくれてバロック音楽の様式がとりいれられ、パーセルが英語によるすぐれた劇音楽を作曲した。18世紀前半には外国の音楽家たちの活動が中心となり、とくにドイツ出身のヘンデルが、ナポリ楽派様式にもとづくオペラで人気を博した。また晩年には英語による劇的なオラトリオをつくりだし、ハイドンなどのちの世代の音楽家たちに大きな影響をあたえた。
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