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環境ホルモンの定義はまだ確定していないが、一般的には、人間をとりまく環境中に存在していて、ホルモンと類似の作用をしめし、それによって内分泌系を撹乱(かくらん)する人工的な化学物質をいう。正式には「外因性内分泌撹乱化学物質」とよばれる。 内分泌系とは、ホルモンとそれを分泌する内分泌腺(せん)をいう。内分泌腺は、脳下垂体や甲状腺、副腎、卵巣、精巣などに多く分布し、多様なホルモンを分泌する。ホルモンは、内分泌腺が標的細胞にはたらきかける(内分泌)際に放出されるシグナル伝達分子をいい、超微量で体の発達や成長、生殖、行動をたすける重要な働きをもつ。
ホルモンは、標的細胞にある受容体(レセプター)を認識して、その受容体と結合して信号をおくるが、このプロセスを撹乱し、内分泌系を撹乱するのが環境ホルモンである。環境ホルモンによる撹乱作用には、本来はホルモンと結合すべき受容体に環境ホルモンが結合してしまうことによってホルモンと類似の作用をもたらす場合と、本来のホルモン作用を阻害する場合とが知られている。 PCBやDDT、ノニルフェノール、ビスフェノールA(樹脂の原料)などの化学物質は、女性ホルモンであるエストロゲンに類似した作用をもつといわれている。これらの物質が、エストロゲン受容体に結合することによって、エストロゲンと同じような反応が細胞にもたらされる。 一方、DDE(DDTの代謝物)やビンクロゾリン(殺菌剤)などはアンドロゲン受容体と結合し、男性ホルモンであるアンドロゲンが受容体と結合するのを阻害する抗アンドロゲン作用が知られている。 環境ホルモンによる生殖異常の問題は、1980年後半から92年にかけて、アメリカ合衆国やデンマーク、イギリスなどで同時におこり、新たな環境問題としてクローズアップされた。アメリカ合衆国の五大湖やその他の多くの地域で、野生動物に性器異常や生殖異常がみられたが、これはDDTをはじめとする農薬やPCBなどのエストロゲン様作用をもつ化学物質が原因ではないかと考えられた。 イギリスでは、河川で雌雄同体のローチ(コイ科の魚)がみつかり、エストロゲン様の作用をもつ化学物質が河川にながれこんでいるのではないかと考えられた。調査の結果、河川からエストロゲンおよび経口避妊薬のエチニールエストラジオールが検出され、ついで羊毛加工工場の排水からエストロゲン様作用をもつノニルフェノールが検出された。デンマークでは、過去50年間でヒトの精子数が半減したことが1992年に報告された。
1996年3月には、アメリカ人科学者のシーア・コルボーン(WWFの科学顧問)らの「奪われし未来」(原題はOur Stolen Future―Are We Threatening Our Fertility, Intelligence, and Suvrvival )が出版され、環境ホルモンに対する関心が急速に高まった。97年にはイギリスBBCのプロデューサーのデボラ・キャドバリーが、「メス化する自然―環境ホルモン汚染の恐怖」(原題はThe Feminization of Nature― Our Future at Risk)をあらわした(もとになったレポートの発表は1993年)。これらの著書は、多くの野生動物はすでに環境ホルモンの影響をうけていること、これらの化学物質は人体にも蓄積されていることを明らかにし、世界に大きな衝撃をあたえた。
「奪われし未来」では、環境ホルモン作用があるとうたがわれている物質63種をリストアップしている。環境庁(現、環境省)の環境ホルモン問題に関する研究班の中間報告(1996年)では67種がリストアップされているが、これは、イボニシなど巻貝に生殖障害を生ずることが明らかにされたトリフェニルスズ(船底塗料や漁網の防腐剤)など3種をくわえたものである。環境省は2000年度(平成12)から、このうちの40種の物質についてリスク評価をはじめている。67種は、用途により以下の9つに分類できる。 1.工業活動の過程で非意図的に生産される化合物。農薬や有機塩素系化合物の製造過程やゴミの焼却、パルプの漂白などの過程で副産物として生成される。ダイオキシンやベンゾ(a)ピレンなどがその毒性や発癌性(はつがんせい)、難分解性のため、環境汚染物質として問題になっている。 2.工業的に過去に多用され、その後使用中止となったが、分解されにくいため現在でも環境中に残存しているもの。PCBなど。 3.プラスチックの材料や可塑剤として現在も使用されているもの。ビスフェノールAやノニルフェノール、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)など。ビスフェノールは、ヒドロキシル基(水酸基)-OHをつけたベンゼン環を1分子中に2個もつ化合物で、ポリカーボネートやエポキシ樹脂の原料として利用されている。しかし、アメリカ国立衛生研究所で、極低濃度でも生物に影響をあたえることがマウスをつかった実験から確認されている。また、DEHPなどのフタル酸エステル類は、それ自体は無害なポリ塩化ビニルの可塑剤としてつかわれている。 4.プラスチック関係以外の用途に工業的に利用されているもので、洗剤の界面活性剤や医薬品の原料、工業試薬(→ 試薬)、合金半導体の製造などに使用されているもの。PBBやアルキルフェノールなど。 5.農薬類。現在は使用禁止になっているが、難分解性のため、環境中に現在でも残存しているもの。DDTやHCB(ヘキサクロベンゼン:殺菌剤、有機合成原料)、ディルドリン(殺虫剤)、アルドリン(殺虫剤)など。 6.現在日本で使用されている農薬類。シマジン(除草剤)やケルセン(殺ダニ剤)、アトラジン(除草剤)など。 7.現在日本で使用されていないが、外国で使用されている農薬類。DDTやアルディカーブ(殺虫剤)など。 8.過去および現在、医薬品として使用されているもの。 9.船の防腐剤として海洋汚染の原因となっているもの。有機スズのトリブチルスズやトリフェニルスズなど。 上記の分類をみると、農薬(殺虫剤、殺ダニ剤、除草剤、殺菌剤)が、67物質の中で43種と全体の64%を占めている。また現在、環境ホルモンとして新たに注目されている物質の多くは、すでに急性毒性や発癌性、催奇形性、慢性毒性などがあることが明らかにされていたが、今回、新たにホルモン撹乱作用もあることが明らかにされたものである。 このことから予想されるのは、今まで、発癌や催奇形性、慢性毒性と別々にとりあつかわれていた現象には、じつはホルモン撹乱作用が共通に関与しているのではないかということである。解明がすすまなかったこれらの現象の発現のメカニズムを、今後ホルモン撹乱作用の面からみなおすことにもなろう。
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