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  • マーストリヒト条約 - Wikipedia

    マーストリヒト条約 (マーストリヒトじょうやく、 英 Maastricht Treaty )は 欧州連合 (EU)の創設を定めた 条約 。 1991年 12月9日 、 欧州共同体 (EC) 加盟国 間での協議がまとまり、 1992年 2月7日 調印、 1993年 11月1日 に ドロール委員会 の下で発効した。協議は 通貨 ...

  • マーストリヒト条約

    1991年12月,オランダのマーストリヒトで開かれたEC(ヨーロッパ 共同 ( きょうどう ) 体) 首脳会議 ( しゅのうかいぎ ) でむすばれた 条約 ( じょうやく ) 。1993年11月1日 発効 ( はっこう ) 。ヨーロッパ 連合条約 ( れんごうじょうやく ) ともいう。 ECを EU ...

  • [現代ヨーロッパ経済] 9-5. マーストリヒト条約 ...

    さてマーストリヒト条約は経済・通貨同盟に留まるものではない。この条約が生まれた背景にはソ連・東欧社会の大きな地殻変動が関わっていた。共産圏社会の崩壊である。この事態をecとしてどう受け止めるか、これをめぐって真剣な議論が展開されたが ...

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マーストリヒト条約

マーストリヒト条約 マーストリヒトじょうやく Maastricht Treaty
百科事典項目

EC(当時)は、1990年7月からドロール報告に基づいて3段階からなる通貨統合計画に乗り出すことになったが、この計画の完全実施のために必要な条約改正とその批准は第1段階のうちにしておく必要があり、また単一ヨーロッパ議定書で政治協力も共同体の目標とすることをうたったため、この点でも条約をさらに改正する必要があった。そのため91年12月9、10日、EC首脳はオランダのマーストリヒトで基本条約を再び改正するための会議を開き、そこで合意されたのがマーストリヒト条約で、条約は92年2月7日に調印され、93年11月に発効した。域内の協力を政治分野にまで拡大したという意味でECはもはや経済通貨同盟(EMU)ではなくヨーロッパ連合(EU:European Union)となった。

マーストリヒト条約の重要な特徴は通貨同盟結成の目標をローマ条約のなかに明示したことと、日程表を欠いていたドロール報告の段階的接近方法に期限を付し、見送りや後退をほぼ不可能にした点である。すなわち第2段階移行は1994年1月と明示し、そのときには、ヨーロッパ中央銀行の前身としてのヨーロッパ通貨機構(EMI:European Monetary Institute)を設立することになった。また経済通貨主権の共同体機関への移譲が行われる第3段階に移行するためには各国の経済パフォーマンスが収束していることが必須の条件であるが、協定は収束状況をみるための4つの収束の判断基準を示した。そして第3段階への移行に関しては、条件が満たされている場合は97年1月から第3段階移行を決定しうるとされていたが、これは実現しなかった。条約によれば、適格国が過半数に達していない場合でも適格国は99年1月には第3段階に移行するとされており、11カ国で予定どおり通貨統合が実現した。

ユーロヨーロッパ通貨制度

(現代用語の基礎知識 2007 より)

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