項目構成
仏教絵画の略称で、広く仏教関係の絵画全般をいう。狭義には仏教彫像(仏像)に対して同様の性格をもつ画像、礼拝の対象とされる仏教諸尊の画像をさす。仏教絵画は堂塔などの仏教建造物を彩画でかざる荘厳画(しょうごんが)にはじまり、同時に教化のためにもちいられて発展した。また法会や修法の本尊として礼拝にもちいられるようになった。古い時代の作例は、インドをはじめ中央アジア、中国の仏教石窟寺院の壁画にみることができる。インド西部のアジャンタ石窟には紀元前後にさかのぼる最古の壁画があり、中国新疆(シンチアン)ウイグル自治区のキジル石窟やベゼクリク石窟、甘粛省の敦煌莫高窟(ばっこうくつ)や炳霊寺石窟などの壁画が著名である。また中国、朝鮮半島、日本では紙や麻、絹などに描かれた遺例も多く、巻子、掛幅などの形式がある。とりわけ日本では、仏教絵画は質量ともに古代、中世絵画の主要な部分を占めている。
日本では寺院は木造建築となり、土壁や板壁、柱、扉、天井などに彩画がほどこされた。白鳳時代の法隆寺金堂の壁画や奈良時代の栄山寺八角堂の柱絵をはじめ各時代に広くおこなわれた。奈良時代には刺繍による繍像や綴織(つづれおり)による織成像が制作され、平安時代には絹地を壁や障子にはりつけた貼付絵がおこなわれたが、主として堂内を荘厳するためのものであった。また木地に描かれたものに仏像の天蓋、光背、台座や厨子(ずし)などの彩画があり、飛鳥時代の法隆寺蔵玉虫厨子の彩画は密陀絵(みつだえ)と漆絵との併用技法になる。
紙本の遺例では奈良時代の絵因果経が麻紙に描かれているほか、平安、鎌倉時代の経巻の見返し絵や白描図像、同じく巻子装の社寺縁起絵や祖師絵伝があげられる。鎌倉時代には摺仏(すりぼとけ)などの仏教版画も制作された。また禅宗絵画には紙本墨画のものが多い。
麻布は奈良時代の遺例にみられ、薬師寺蔵吉祥天像などがある。絹本は平安時代以降もっとも多くみられ、まれに紫や紺に染めた絹ももちいられた。平安前期の神護寺蔵両界曼荼羅図(高雄曼荼羅)は紫綾地に金銀泥絵の技法で描かれている。密教の経軌(きょうき)には制作のための作法が説かれており、画絹の調製には清浄で穢(けが)れのないこと、画工にも斎戒沐浴(さいかいもくよく)して清浄な画材をもちいて彩画することがもとめられた。そのため御衣絹加持(みそぎぬかじ)がおこなわれた。古記録によれば、まず画絹に対して阿闍梨(あじゃり)が加持をおこない、次にその上に絵仏師が水で尊像を描き、さらに阿闍梨が加持してのち、絵仏師がその像を完成させたという。絹本には掛幅装が多いが、屏風仕立などもある。掛幅は修法の際、仏台に掛けてもちいられたが、両界曼荼羅をかける灌頂堂(かんじょうどう)には東西に特別な壁面がもうけられた。
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