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中国人は古くからうつくしい石材をこのみ、これを「玉(ぎょく)」とよんだ。玉を加工し製品としたものが玉器である。玉には軟玉と硬玉(→ ヒスイ)があるが、中国ではおもに軟玉がつかわれ、硬玉の使用は明代以降と考えられている。玉器の種類は多様で、人の身体をかざる装身具、儀礼や祭祀(さいし)などにつかわれる祭器・儀器、漆器(→ 漆工芸)や陶磁器でつくられていた形を模倣した食器、自然の動植物をかたどったり山岳などの風景を彫刻した工芸品などがある。 玉器が姿をあらわすのは新石器時代(→石器時代の「新石器時代」)である。現在もっとも古い玉器は華北で発見された前6000年ころのもので、前5000年ころのものになると各地で出土する。とくに前3000年ころに長江下流域に分布した良渚文化では、精美な玉器がつくられていた。
新石器時代の玉器として、まず石器に同じ形がある玉斧(→ 石斧)や石包丁形玉器といった農工具形のものをあげることができる。これら玉器には使用の痕跡(こんせき)がのこっている例があり、実際につかわれた場合もあったようである。 その反面、実用に適さないほど薄いものや長大なもの、さらには彫刻をほどこしたものもあり、このような玉器は実用ではなく、儀礼や祭祀あるいは権威の象徴としてつかわれた儀器・祭器と考えられる。古代中国では玉には不思議な力があると信じられおり、新石器時代の儀器や祭器の存在は、このような概念が新石器時代からあったことを推測させる。 新石器時代の玉器では装身具も盛んにつくられている。製品には円形の環(かん)、円形に切り込みが入った玦(けつ)、環の一部を切りとった形の璜(こう)、円柱状の管、上部に小さな孔(あな)がうがたれている垂飾(すいしょく)、さらには櫛(くし)といったものがある。このうち玦は耳にはめたもので、その他の玉器は孔の部分に紐(ひも)などを通して頭飾りや首飾りにしたものと考えられる。 また新石器時代には人物や動物を模した玉器もつくられている。人物には全身像や頭部のみのものなど、多くの種類がある。動物には鳥、カメ、セミといった実在の動物のほかに、竜のような空想上の動物を彫刻したものがある。これら人物・動物形玉器には、丸彫りのものから扁平で小さな孔があけられたものまで多様な製品があり、孔があるものにはそこに紐をとおした装身具や装飾具、丸彫りのものには置物などの用途が考えられる。 このほか、特殊な形状の玉器として璧(へき)や琮(そう)がある。璧は円盤状で中央に円形の穿孔(せんこう)がなされたもの、琮は円柱と角柱をくみあわせた形で、祭祀や儀礼につかわれたと考えられる。ともに良渚文化で発達したが、両者とも新石器時代以後も儀器や祭器としてつくられつづけた。
新石器時代につづいて前2000年ころからの二里頭文化期(→ 二里頭遺跡)になると、青銅器や大型の建造物が出現し、都市や国家の存在が考えられるようになり、中国史は大きく展開する。この時代にも玉器は盛んにつくられている。 二里頭文化期の玉器のうち、新石器時代からひきつづきつくられたものに、玉斧、石包丁形玉器、管や小玉のような装身具、琮などがある。この時代に新しくあらわれた玉器には、青銅武器の戈(→ 銅戈)を模倣した玉戈、骨製の鋤先(すきさき)に起源をもつ「牙璋(がしょう)」、さらに短冊形や柱状をして一部に抉(えぐ)りが入った「柄形飾(へいけいしょく)」がある。これら二里頭文化期になってあらわれた玉器はいずれも儀器や祭器と考えられる。さらにこの時代には玉を象嵌した製品もあり、二里頭遺跡では青銅製の板にトルコ石を象嵌したひじょうに精美な装飾品が出土している。
二里頭文化期につづく殷時代(前17世紀末頃~前11世紀)になると玉器は大きく発展する。 殷時代の玉器のうち儀器・祭器には玉斧や石包丁形玉器、青銅器を模倣した玉戈、玉刀、玉鏃、そして琮、柄形飾、璧などがあり、装身具には玦、環、小玉、櫛、笄(こうがい)などがある。このほか、殷時代後半の殷墟期(→ 殷墟)には人物形や動物形をした小型の玉器が多く発見されている。人物には座像や立像、全身像から頭部のみの像まで多様な製品がある。動物にはトラ、シカ、牛、クマ、犬、ゾウ、鳥、セミ、魚といった実在の動物や、竜のような想像上の動物を彫刻したものがある。これら人物形や動物形玉器には、丸彫りのものや扁平で小さな孔をあけたものなどがあり、装身具、装飾具、置物といった用途が考えられる。
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