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ウサマ・ビンラーディンが結成、統率する国際的イスラム武装組織。アラビア語で基盤・拠点を意味し、日本では基地とも訳されている。
アルカーイダに関しては不明な点が多く、多くの謎(なぞ)につつまれている。その全容と実態については、どの国の公の機関も把握・確認ができていない。結成時期についても諸説ある。ただ、ビンラーディンがアルカーイダを結成した直接のきっかけは明らかになっている。1979年12月のソ連軍によるアフガニスタン侵攻である。 結成の時期について、2人の専門家の説を紹介する。1人は、NATO(北大西洋条約機構)の安全保障理事国の専門委員で、国際テロリズム研究所所長のロラン・ジャカールである。彼によれば、ビンラーディンがムジャヒディン(イスラム聖戦士)として、アフガニスタンの後方拠点であるパキスタンのペシャーワルにわたったのは1980年。対ソ防衛を目的とした「アフガン・アラブ派遣隊」の編成を依頼されたからであった。依頼したのは、サウジアラビア情報機関の責任者トゥルキー・アル・ファイサル皇太子だった。 ビンラーディンはペシャーワルで、パレスティナ系ヨルダン人でイスラム法学者のアブドラ・アザムにあい、彼の仕事を手つだうようになる。アザムは、アラブ人義勇兵の受け入れ組織「奉仕者の家」を結成した責任者だった。その一方でビンラーディンは、エジプトとアルジェリアのイスラム原理主義者と接触し、国際的イスラム・テロ組織「アルカーイダ」を創設する。ロラン・ジャカールによれば、1985年ごろとされる。 もう1人は、パキスタンのジャーナリストでイギリスのBBC、アメリカのCNNのレギュラー解説者をしているアハメド・ラシッドの説である。彼によれば、ムスリム同胞団のペシャーワル事務局で活躍する同団の指導者アブドラ・アザムは、1984年、新兵援助のためのサービス機関として「奉仕者の家」を設立。しかし、89年にアザムは2人の息子ともども暗殺され、同年、アザムの協力者だったビンラーディンがこの機関をひきつぎ「アルカーイダ」を設立した。
アルカーイダの創設当初は、アフガニスタンでの戦闘員の募集活動と輸送活動がおもな任務で、とくに過激な活動はしていなかった。ソ連のアフガニスタン撤退後はほとんど活動を停止した。 しかし、1991年1月におきた湾岸戦争で事態が急変する。戦争後もサウジアラビアに駐留するアメリカ軍に対し、市民の不満が高まった。とくに、イスラム教の聖地をかかえるサウジアラビアに、異教徒のアメリカ軍がいすわることにビンラーディンは強く反発、反アメリカの姿勢を鮮明にしていった。そして、96年に駐留アメリカ軍に対するジハード(聖戦)を宣言した。 さらに、1998年2月、ビンラーディンはアルカーイダを中心勢力とする「ユダヤ人と十字軍に対するジハードのための国際イスラム戦線」(国際イスラム戦線)を結成、アメリカ人に対する無差別テロを宣言した。この組織名からわかるように、ビンラーディンは、反アメリカの根拠を「パレスティナ問題」にも波及させた。 この組織には、エジプトの「ジハード団」をはじめ、パキスタン、バングラデシュの各組織が参加したが、その関連組織はアルジェリア、ソマリア、レバノン、パレスティナ、ロシア(チェチェン)、ウズベキスタン、フィリピンなどにおよんでいる。2002年10月におきたインドネシアのバリ島テロは、インドネシア、シンガポール、マレーシアにまたがる「ジェマー・イスラミア」(JI。イスラム共同体)の犯行とされているが、これも関連組織とみなされている。 世界イスラム戦線の結成後、1998年8月のケニアとタンザニアのアメリカ大使館爆破テロ、2000年10月のイエメンでのアメリカのイージス艦「コール」爆破事件、01年9月のアメリカ同時多発テロなどがつづいた。
アメリカ政府は同時多発テロ直後に、ビンラーディンが主宰するアルカーイダによる犯行と断定、彼らが潜伏するアフガニスタンのタリバーン政権に身柄の引き渡しをもとめた。しかしタリバーン側がうけいれなかったため、2001年10月にアフガニスタン攻撃を開始し、12月にタリバーン政権は崩壊した。この戦争で本拠をうしなったアルカーイダは、その後イラクやイランなどへ浸透していくことになる。 アルカーイダの特徴は、特定の組織というよりは、ビンラーディンのジハード主義のイデオロギーを共有する広大なネットワークにある。したがって、世界各地でその信念を共有するイスラム過激組織が陰に陽に連携をたもち、またそれぞれの判断でテロ攻撃をしかけている。 2002年10月におきたイエメン沖のフランスのタンカー爆破、上記のバリ島テロ、モスクワ劇場占拠事件、11月にケニアでおきたイスラエル人をねらった自爆テロなどにアルカーイダの関与がみられた。11月には、カタールの衛星テレビ「アルジャジーラ」が、ビンラーディンの肉声とされる録音テープを放送、ビンラーディンの生存の可能性が高まった。 2003年のイラク戦争後におきた自爆テロをふくむ無差別テロ攻撃でも、その手口からして旧政権の残党ばかりでなく、アルカーイダの関与が濃厚となった。同年12月に公表された国連安全保障理事会の報告は、イラクでのテロ・襲撃事件にアルカーイダがかかわっていることを指摘した。類似の手口でこの年11月におきた、サウジアラビアの首都リヤドでの外国人居住区爆弾テロ、トルコの最大都市イスタンブールでのシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)爆弾テロ、イギリス領事館爆弾テロなどでもアルカーイダの関与が指摘されている。 2004年9月に、ロシアの北オセチアでチェチェン武装勢力による学校占拠事件がおき、多くの子供が犠牲となった。同武装勢力をひきいるシャミル・バサエフ野戦司令官とアルカーイダは連携しているといわれ、世界各地の武装勢力のネットワーク化がすすんでいるとみられている。
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