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約600万~150万年前に生きていた、最古段階の化石人類の総称(→ 人類の進化)。アウストラロピテクス類ともいう。1924年に南アフリカで第1号化石が発見されて以来、現在までにさまざまな属・種の化石が発見されている。代表的なグループとしては、約420万~250万年前のアウストラロピテクス属と、約250万~150万年前のパラントロプス属がある。1990年代以降に次々と発見された600万年前ころの、アルディピテクス属、オロリン属、サヘラントロプス属は、「最初期の」猿人と位置づけることができるだろう。これまでに認識されているすべての種がアフリカでのみ発見されており、猿人はユーラシア大陸へ進出することはなかったらしい。 猿人は、約450ミリリットルと現代人の3分の1程度の小さな脳、前方へつき出した顎(あご)、身長1.1~1.5m程度の小さな体、および腕が長く脚が短い体型など、全体的にチンパンジーとの共通点が多い。さらに現生の大型類人猿と似て、男性が女性よりもかなり大きい傾向があった。しかし猿人は、ある程度の木登りをおこなっていたとは考えられるものの、他の霊長類とは決定的にことなって、2本足で直立してあるいていた。この特徴に関連する骨格形態や、他の細かな歯や頭骨の形態が、猿人と類人猿の化石を区別する材料となっている。約260万年前以降の地層からは石器が出土しており、最末期の猿人が石器製作をおこなっていた可能性がある。それ以前の猿人の道具使用に関しては直接の証拠がないが、現生のチンパンジーが単純ながら道具を製作、使用することから、木などを道具として利用していた可能性が高い。
パラントロプス属(約250万~150万年前)は、巨大な顎と歯をそなえ、パワフルな咀嚼(そしゃく)をおこなえるよう特殊化したグループで、頑丈型猿人ともよばれる。これに対し、アウストラロピテクス属(約420万~250万年前)は、顎や歯はやはり大きいものの、パラントロプス属のような特殊化をしめさないため、華奢型(きゃしゃがた)猿人とよばれる。 アウストラロピテクス属には通常4種がみとめられる。最古のアナメンシス種(約420万~390万年前)と、アファレンシス種(約370万~300万年前)、ガルヒ種(約250万年前)は、エチオピアからタンザニアにかけての東アフリカで化石が発見されており、この順に連続して進化した可能性がある。なかでもアファレンシス種は、年代のはっきりした地層から化石が豊富にみつかっている。上にしるした猿人の特徴についての知見は、アファレンシス種の化石にもとづいている部分が大きい。アウストラロピテクス・ガルヒの出土した地層からは、オルドワン・タイプの単純な礫石器(れきせっき)や石器による切り傷のついた動物骨がみつかっており、この種が最古の石器製作者であった可能性を示唆(しさ)している。 一方、南アフリカのアウストラロピテクス属としては、アフリカヌス種のみがみつかっている。アウストラロピテクス・アフリカヌスの年代は300万~250万年前と考えられるが、大臼歯(だいきゅうし)がアファレンシスよりやや大きいことなどからみて、アファレンシスから進化してその後、絶滅した南アフリカの固有種であったとの見方が有力である。 250万年ほど前のアフリカには、おそらく3種の猿人(アウストラロピテクス・アフリカヌス、アウストラロピテクス・ガルヒ、パラントロプス・エチオピクス)が生存していたことがわかっている。人類の系統に複雑な分岐が生じていたのである。現在では、そのうちの1種、1999年に発表されたアウストラロピテクス・ガルヒが、ホモ属(現代人がふくまれる属)に進化したという見方が有力である。 一方、パラントロプス属は、アウストラロピテクス属とは別の進化の道をたどった。このグループの最初期の種は、東アフリカのパラントロプス・エチオピクス(約250万年前)であるが、その祖先は、やはりアウストラロピテクス・アファレンシスであったと思われる。おそらく種子など乾燥地域での植物食への適応として、このグループでは顎や臼歯を大型化させる方向へ進化した。エチオピクス種の後には、南アフリカにロブストゥス種、東アフリカにボイセイ種があらわれ、ホモ属の人類(ハビリス種とその子孫のエレクトゥス種)と長期間共存した。しかし最終的には、150万年前ごろに両者とも姿を消し、パラントロプス属は絶滅した。
近年、類人猿から人類がわかれて間もない段階と考えられる猿人の化石が、アフリカで続々と発見されている。1994年に440万年前のアルディピテクス・ラミダスが発表されると、2001年に約600万~580万年前のオローリン・トゥゲネンシスと、約570万~530万年前のアルディピテクス・ラミダス(ラミダス猿人)のさらに古い亜種、そして02年7月には約700万~600万年前のサヘラントロプス・チャデンシスの化石がそれぞれ報告された。 これらの化石については、発表当初、そもそも本当に人類とみなしてよいのか(つまり本当は類人猿なのではないか)という疑念がつきまとっていたが、最近では人類としての位置付けがうけいれられるようになってきている。ただし、これらの化石についてのくわしい研究成果はまだ公表されていない。本当にそれぞれを独立の属・種としてよいのかといった根本的な問題について、学界の評価が落ちつくまでは、もう少し時間がかかるであろう。 アルディピテクス・ラミダスは、エチオピア中部のミドルアワシュでエチオピア・アメリカ・日本の合同調査隊によって発見された。歯の形態などはひじょうに原始的だが、足の指の骨の形態から、二足歩行をしていた可能性が高いという。 オローリン・トゥゲネンシスは、フランスの調査チームがケニアの大地溝帯(グレートリフトバレー)にあるバリンゴで発見したものである。発見されたのは大腿骨(だいたいこつ)や足、手の一部、歯のついた顎などで、その後、完全な犬歯や臼歯、下顎もみつかっている。通称、ミレニアム・アンセスター(先祖)と名づけられたこの化石は、大きさがチンパンジー程度あり、手の特徴から木登りが得意で、足の形態からは二足歩行していたと発掘チームは考えている。 2002年にもっとも古い人類化石として発表されたサヘラントロプス・チャデンシスは、チャドのトロスメナラ地域で同国とフランスなどの国際調査隊が発見した。ほぼ完全な頭骨、2個の下顎骨の破片、3個の歯の化石が発見されており、研究グループは顔面の長さと歯の大きさが人類に近く、背骨につながる頭骨の穴が直立歩行する位置にあると考えている。年代は、同じ地層からみつかった動物化石の種類から、約700万~600万年前と報告されている。 さらに2001年春ケニアで、アファレンシスが生存していた約350万年前の地層から、別系統の人類の化石が発見されたとの報告があった。報告したのはルイス・リーキーの義理の娘ミーブ・リーキーとその同僚らである。彼女らによれば、この化石はアファレンシスと大きくちがって突顎(顎の前方への突出)が弱く、のちのホモ属の一部と似た平たい顔をもち、これまで知られていなかった新属新種だという。この化石は、ケニアントロプス・プラティオプス(平らな顔をしたケニアのヒトの意)と名づけられたが、その解釈がただしければ、アファレンシスの時代に2系統の人類が存在していたことになる。
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