検索
エンカルタ内で検索 : ハーシェル,W.

Windows Live® の検索結果

  • Wハーシェル論

    天の博物学 w. ハーシェル (1738-1822) は天王星を発見(1781年)した天文学者としてよく知られていますが、彼の天文学上の発見や功績はそれだけではありません。長さ40フィートの大きな反射望遠鏡を始め多くの望遠鏡を製作し、火星・木星の自転周期の測定や ...

  • Wハーシェルの業績1

    ハーシェルたちの肖像 ウィリアム・ハーシェルの天文学上の業績(1)

  • ハーシェル,W. - MSN エンカルタ 百科事典 ...

    1738~1822 ドイツ生まれのイギリスの天文学者。天文学に多大な業績をのこした。

すべての検索結果 :
Windows Live® の検索結果

ハーシェル,W.

ハーシェル William Herschel
百科事典項目

1738~1822 ドイツ生まれのイギリスの天文学者。天文学に多大な業績をのこした。

ドイツ名はFriedrich Wilhelm Herschelで、ドイツのハノーファーに生まれた。19歳のときに音楽教師およびオルガン奏者としてはたらくためにイギリスにわたったが、余暇をすべて天文学と数学の研究についやした。

適切な観測機器を入手できなかったので、自身で望遠鏡をつくり、つねに改良をほどこした。やはり天文学に興味をもっていた妹のカロリンを助手として、自作の大口径反射望遠鏡で全天の組織的な観測(掃天観測)を1774年に開始した。81年に未知の惑星を発見し、時のイギリス国王ジョージ3世に敬意を表して、ジョージアム・シダスGeorgium Sidusと名づけたが、現在では天王星とよばれている。

翌年、国王付天文官に任命され、天体観測・研究に専念できるようになった。そしてスラウに口径122cm、焦点距離12.2mの反射望遠鏡をつくって、天王星の2個の衛星と土星の第6番目と7番目の衛星を発見した。また、数多くの惑星の自転周期や二重星(重星)の運動について研究し、800個以上の二重星のカタログをつくった()。さらに星雲の研究もおこない、その構造についての知見をふやし、それ以前は100個ほどしか知られていなかった星雲の数を2500個までにした。星雲が、星の集団であることをはじめて提唱したのもハーシェルである。1781年に王立協会の会員にえらばれ、1816年にナイトの称号をさずけられた。

項目内で検索
項目全体を印刷
項目の URL をメールで送る




© 2008 Microsoft