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人間の行為や日常的な現実を理想化したり美化しないで、ありのままに描写する美術・文学上の試み。リアリズムともいう。写実主義の試みは芸術の各分野でくりかえしおきている。その内容は多様多彩で、明確に定義することは不可能な用語である。一般的には、19世紀中ごろにロマン主義美術が主観を過度に重視したことに対立しておきた運動をさす。写実主義と自然主義との違いはあいまいで、両者は同じ意味でつかわれることも多い。強いていえば、写実主義は五感のうけとめるものに直接かかわるのに対し、自然主義は文学によりふさわしい用語であり、科学的理論を芸術にあてはめようとする場合につかわれる。
美術の分野では、写実派として明確に定義される潮流・流派まで発展することはなかったが、写実主義的なアプローチはさまざまな時代にいろいろな方法でこころみられた。美術作品の特徴をいうときにつかわれる「写実主義的」という言葉は、「美しい」ものを「醜く」えがくことを意味しているにすぎない場合が多い。日常生活の情景をえがく場合をさすことが多いので、この用語には社会への批判がおのずとふくまれている。「石割り人夫」(1849)をかいたクールベや、ドーミエ、ミレーといったフランスの画家たちの作品は、社会派リアリズムとよばれている。 アメリカでは、ウィリアム・シドニー・マウントが「シトーキットでのウナギ漁」(1845)でロングアイランド島の静かな情景を写実主義的な様式でえがいている。主題を簡潔ではあるがていねいに表現し、同時代に東部諸州の風景を即物的にえがいたハドソン・リバー派のロマン主義的な傾向の流れをくんでいる。アメリカの写実主義的な絵画には、トーマス・エーキンズがかいた実直で即物的な同時代人の肖像画をはじめ、20世紀初頭のアメリカの都会の日常生活をありのままえがこうとしたアシュ・キャン・スクール(ごみ箱派)とよばれる画家たちの作品もふくまれる。
ヨーロッパとアメリカの写実主義文学は、1840年ごろにはじまり、90年代には自然主義へと展開した。まずフランスのフローベールの長編小説「ボバリー夫人」(1857)やモーパッサンの短編小説が写実主義文学の口火を切った。ロシアでは、チェーホフの戯曲や短編小説に代表される。イギリスに写実主義をもたらした小説家ジョージ・エリオットは、「ありきたりの事柄を忠実に描写すること」が目的だったと「アダム・ビード」(1859)で表明している。 アメリカではマーク・トウェーンとハウエルズが写実主義の先駆者である。写実主義の小説家として大成したヘンリー・ジェームズは、創作上のインスピレーションの多くを師であるジョージ・エリオットやハウエルズの作品からえている。ジェームズは登場人物の行動の動機づけに関心をもち、外面的な写実主義から少しかたちをかえて心理的な写実主義に転換して、心理小説の先駆者となった。 これら写実主義の作家の共通点は、美学・倫理上の理想という先入観にあう事実をえらんで書くのではなく、観察したことを偏見なく客観的に書きとめているということである。また、きまったかたちがあるわけではない人生を忠実にえがくことに気をとられるあまり、写実主義者は性格描写を偏重してプロットを軽視し、中産階級の暮らしや偏見をえがくのに夢中になって、スケールの大きな問題をさける傾向がある。
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