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Windows Live® の検索結果 1875~1937 フランス印象派の作曲家。20世紀の音楽に大きな影響をあたえた。1875年、スペイン国境に近いバス・ピレネー(現ピレネー・ザトランティク県)のシブールで生まれる。99~1905年にパリ音楽院にまなび、フォーレの強い影響をうける。音色、和声、作品の雰囲気、音楽以外の題材を連想させる傾向などから、ラベルはドビュッシーとならんで、しばしばフランス印象派の作曲家にあげられる。しかしドビュッシーとは対照的に、論理的で抽象的(音楽で何かを具体的に描写する意図をもたない)な音楽構造をこのんだ。生き生きとしてわかりやすいオーケストラ書法により、近代屈指の管弦楽法の大家とされる。 ラベルの印象派としての傾向をしめす作品は、演奏に高度なテクニックを必要とするピアノ組曲の「鏡」(1905)と「夜のガスパール」(1908)、管弦楽曲「スペイン狂詩曲」(1908)である。「逝ける王女のためのパバーヌ」(1899)、「優雅で感傷的なワルツ」(1911)、「クープランの墓」(1917)では、古い王朝時代のエレガンスを音でよみがえらせた。これら3曲ははじめにピアノ曲として書かれ、のちに管弦楽用に編曲された。ピアノ曲「水の戯れ」(1901)は、かがやかしい音色で噴水のきらめきを技巧的に描写して、古典派のソナタの構造をなぞっている。古典主義の傾向は、弦楽四重奏曲・ヘ長調(1903)やピアノのためのソナチネ(1905)、バイオリンとチェロのためのソナタ(1922)などにもみられる。 舞台作品のうちオペラには、「スペインの時間」(1911)、「子供と魔法」(1925。台本コレット)がある。管弦楽曲として有名な「ボレロ」(1928)は、もともとイダ・ルビンシテインのバレエ団のために書かれた。雰囲気豊かな印象主義的バレエ音楽「ダフニスとクロエ」(1912)も、ロシア・バレエ団のディアギレフの依頼で書かれた。また、ピアノ連弾用の組曲をバレエ用に管弦楽曲化した「マ・メール・ロワ」(ピアノ連弾用は1910、管弦楽曲は1912)も、ディアギレフによって初演されている。 晩年の代表作「左手のためのピアノ協奏曲」ニ長調(1931)は、第1次世界大戦に従軍して右腕をうしなったウィーンのピアニスト、パウル・ビトゲンシュタイン(1887~1961)のために書かれた作品である。1932年の自動車事故で脳疾患をわずらい、37年にパリで死去した。
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