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ホメロス

ホメロス Homeros
百科事典項目
項目構成
I

プロローグ

古代ギリシャの叙事詩「イーリアス」と「オデュッセイア」の作者とみなされてきた詩人名。ホメロスその人についてはなにも知られていないし、2つの叙事詩をひとりの人物が単独でつくりだしたのかどうかについても議論の余地がある。ただ、言語学と歴史上の証拠から推定すると、一般的にこれらの詩は前8世紀後半ごろ、小アジア西海岸のギリシャ植民地でつくられたものと考えられている。どちらの叙事詩も、作品成立より何世紀も前におこったと思われる伝説上の出来事をあつかっている。

II

「イーリアス」

トロイア戦争の最後の年に場面が設定されているが、戦争はあくまで背景であり、本筋はギリシャの英雄アキレウスの怒りの物語である。粗筋は、以下のようになる。

若き戦士アキレウスは大将のアガメムノンに侮辱され、戦争から手をひいた。そのため仲間のギリシャ人はトロイア人に手痛い敗北を喫し、ギリシャ人はアキレウスに和解をもとめてくる。アキレウスはそれをいったんこばむが、最後にはやや気持ちをやわらげ、友のパトロクロスが彼にかわって軍勢をひきいることをゆるす。しかし、パトロクロスは戦死し、アキレウスは憤怒と良心の呵責(かしゃく)にかられてトロイア人にたちむかい、プリアモス王の息子の大将ヘクトルを一騎討ちの末に殺害する。この詩は、ヘクトルの死体を埋葬できるようにプリアモス王にひきわたすところで幕を閉じるが、アキレウスはトロイア王とある種の類縁関係にあることを最後にみとめる。それは彼らがどちらも死すべき運命を知り、したしい人と死別する悲劇に直面したからであった。

III

「オデュッセイア」

ギリシャの英雄オデュッセウスのトロイア戦争からの帰還をえがいている。幕開けの場面は、オデュッセウスの長い留守中に彼の家で生じた騒動をえがく。妻のペネロペに求婚する男たちの群れがおしかけて、オデュッセウスの財産をむさぼっている。次に焦点がオデュッセウスその人にあてられ、彼の10年間にわたる放浪の旅がかたられる。その間、オデュッセウスは人食い巨人ポリュフェモスをはじめ多くの危険にぶつかり、故郷への帰還を断念すれば不死の生命をあたえるという女神カリュプソの巧妙な誘惑に直面する。

詩の後半は、オデュッセウスが故郷のイタケーの島(イターキ島)に到着するところからはじまっている。オデュッセウスは、たぐいまれな忍耐力と自制心をはたらかせて召使いたちの忠誠心をためし、ペネロペの求婚者たちへの血の復讐(ふくしゅう)を計画・実行して、妻・息子・老いた父との再会をはたすのである。

IV

叙事詩の様式

どちらの叙事詩も、日常会話ではけっして使われない言語をもちいて、非人称で高尚な形式的韻文で書かれている。韻律形式は弱強6歩格である。文体のうえでは2作品を明確に区別することはできないが、すでに古代から、作品が別々の作者の手によってつくられたと信じる読者が多くいた。その理由は容易に推測できる。「イーリアス」があつかっているのは激情であり、打開しがたいジレンマである。そこには本当の悪人はいない。アキレウスもアガメムノンもプリアモスも、その他の者たちも、残酷で結局は悲劇的な宇宙の中の行為者であり、犠牲者としてとらえられているのである。それに対して、「オデュッセイア」では、邪悪な者はほろぼされ、正義が勝利し、家族が再会する。そこでは、とくにオデュッセウスのように合理的な知性が物語をとおして導きの力の役割をはたしている。

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