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ソビエト連邦ソビエト連邦 ソビエトれんぽう Union of Soviet Socialist Republics
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ソ連にとって農業問題はつねに大きな課題であり、急速な工業化は消費財生産の犠牲のうえになりたっていた。
集団化農業、とくにコルホーズ農業に農民の多くが従事しつづけた。フルシチョフは穀物増産のために、処女地とくにカザフスタンでの開墾とトウモロコシ生産に力をそそいだが、いずれも失敗におわった。天候不順による穀物の不作が1963、65、69、72年および75年に発生した。穀物の減収のためソ連政府は、アメリカとカナダから大量の小麦を輸入せざるをえず、そのため経済成長が低下し、対外債務が急速に膨張した。 ソ連政府は穀物増産のためにさまざまな改善策をおこない、良好な天候もさいわいして、1973、74、76年には記録的な豊作となった。にもかかわらず、農業はその後も政府にとって深刻な政治問題でありつづけた。
5カ年計画のもとでソ連は急速に工業化し、世界第2の工業国・軍事大国となったが、消費財の生産はたちおくれた。1957年の工業総生産は13年水準の33倍になったと報じられたが、重工業生産の拡大が74倍だったのに対して、消費財生産の拡大は13倍にとどまっていた。フルシチョフは消費財生産の拡大を約束したが、あまり実現されなかった。 その後、工業成長が停滞傾向をしめすようになると、改革派の経済学者が中心となって、1965年から経済改革の試みがはじめられた。これは、極度に中央集権的な計画経済システムに市場メカニズムをとりいれるとともに、「利潤」指標をもちいることで、生産増大のための刺激を強化し、生産の効率化をめざすものだった。しかし行政的な経済システムそのものには手をつけなかったため、結局改革は中途で挫折した。
ソ連政府は国民の教育に力をそそぎ、学校体系をととのえて、教育を無料で提供し、文字をもたなかった民族に対しては、それぞれの文字と文法が用意された。その結果、革命前の識字率30%がほぼ100%にひきあげられた。学校を通じて国民には共産主義意識が教育され、また工業化のために技術の習得がもとめられた。 文化的発展は科学の分野でいちじるしかった。物理学や化学のいくつかの分野で、ソ連科学は世界をリードする位置にあった。原子力開発と宇宙開発には、とくに大きな力がそそがれ、1957年に世界最初の人工衛星スプートニクの打ち上げに成功し、61年には世界最初の有人宇宙飛行に成功した(→ 宇宙探査)。
ソ連国家は、ソビエト文化のあらゆる分野に共産主義社会をはぐくむことをもとめたため、共産党の政治的価値が多くの分野に強い影響をあたえることになった。社会科学はその影響がもっとも強い分野のひとつだったが、文学や芸術、音楽といった分野にも共産党の政治的影響がおよび、「社会主義リアリズム」という創作方法がもとめられた。ソ連政府は憲法のうえでは宗教に対する寛容をうたっていたが、実際には信教の自由は制限され教会には抑圧がくわえられた。
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