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Windows Live® の検索結果 フランス南部、ガロンヌ川とアリエージュ川の合流点近くにあるフランス屈指の大都市。オート・ガロンヌ県の県都。ガロンヌ運河によって大西洋、ミディ運河によって地中海とむすばれている。古来、交通の要衝として、周辺のアキテーヌ盆地の農産物の集散地としてさかえ、現在は商工業、とくに航空機産業の中心地として重要な位置を占めている。このほか化学・繊維・電気機械・農具などの産業が発達している。歴史的建造物が多く、おとずれる観光客も多い。人口は43万5000人(2005年推計)。 すぐれた建築としては、トマス・アクィナスの墓のあることで知られ、フランスのロマネスク建築では最大規模のサン・セルナン教会(11~14世紀)がある。ここはサンティアゴデコンポステラへの巡礼路教会としてさかえ、堂内は多くの彫刻で装飾されている。ほかに、ゴシック様式のサンテティエンヌ大聖堂(11~17世紀)、ゴシック様式のジャコバン教会(13~14世紀)、18世紀ルネサンス様式のカピトゥール(市庁舎)がある。 14世紀以来、「花ゲーム」とよばれる文学コンクールがおこなわれているクレマンス・イゾール館(1323)、かつての修道院が現在美術館となっているオーギュスタン美術館も見どころにあげられる。このほか、トゥールーズ大学(1229年創立、1970年改編)、ローマ・カトリック研究所(1877)、天文台(1733)などがある。 ガリア人の町だったが、前2世紀末にローマに征服され、属州都市トロサとして発達した。4世紀に司教座が、14世紀初めには大司教座がおかれた。418~507年は西ゴート族のトロサ王国の首都で、507年にフランク王国のクロービスによってせめおとされた。カロリング朝時代の781~843年はアキテーヌ王国の首都となった。9~13世紀はレーモン伯のもとに広大なラングドック地方のほとんどを領土とするにいたり、その宮廷の華やかさはヨーロッパじゅうに知られた。 13世紀初め、南フランスに広まった異端のカタリ派を討伐するために組織されたアルビジョワ十字軍によって町は略奪され、1271年にフランス国王領となったが、フランス革命まではかなりの自治権をもった。宗教改革の時代には、多くのプロテスタントがうつりすんだ。1562年には、市内のユグノー4000人余りが殺された。ナポレオン戦争中の1814年に、ウェリントン公爵ひきいるイギリス軍にせめおとされた。19世紀中ごろ以降、工業が発展した。第2次世界大戦中の1942~44年、ドイツ軍に占領された。
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