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孔子の教えから発展した中国の主要な思想体系。 孔子は弟子たちに対し、すぐれた人間となり、政治にかかわる力量をそなえるようにと教育した。この教えは中国社会における倫理的な意味でのよい行い、社会における適切なあり方の価値基準を提示することになった。中国人に個人としての人生や生活の基準をあたえただけではなく、政治的理論や制度の背景としても大きな作用をおよぼした。儒教は中国国内にとどまらず、漢字文化の伝播(でんぱ)にともなって、東は朝鮮や日本に、南はベトナムにつたえられ、漢字文化圏の社会における共通の倫理基盤になった。 儒教の開祖である孔子は聖人として尊敬され、国家によってまつられてはいるが、神とは考えられず、いわゆる先師(すぐれた先生)である。したがって儒教のあり方も、寺院や僧侶をともなった道教や仏教などの既成宗教のようにはならなかった。儒教は、たんに儒ともよばれ、また儒学ともいい、あるいは儒家(じゅか)ともいう。儒家や儒学は学問としてのそれをさす言い方であるのに対し、儒教という言葉は教学的な意味合いをふくむ場合や、広く総称としていう場合につかわれる。
儒教は修己治人(しゅうこちじん)の学問であるといわれる。つまり自己の徳を修めて、それをもとに教育や政治によって他人をみちびき治めるのである。すなわちこの思想は主として倫理思想と政治思想であり、しかも両者は密接にかかわって、政治が倫理を基礎にして説かれることを特徴としている。
倫理に関してはさまざまな徳目があげられるが、孔子は理想的人格として仁(じん)という徳目をあげた。仁はあくまで理想であり、実際に完成することは至難の徳である。そこで、仁の実践としては、忠恕(ちゅうじょ:真心と思いやり)や誠(まこと:誠実であること)をおこなうこととされる。忠恕は「自分の欲しないことを人にしてはならない」と平易に解説されてもいる。また家庭生活において親に孝養をつくし、村落生活では年長者に悌順である(よくしたがう)ことからはじまり、広く人を愛することが仁であるとも説明される。 ただし、この愛は、いわゆる博愛とはちがい、相手と自分との親しさしだいでそのあり方はことならなければならない。その意味で行為は常に中庸をまもり、過不足があってはならない。その基準は、礼といわれる伝統的な行動様式によってはかられる。そのため、自己の中の利己的な欲望にうちかって、礼にしたがった行動ができることが仁だともいわれるのである。
のちの漢代の儒者は仁のほかに義、礼、智、信の4つをくわえて、この5つの徳を五常の徳とよび、普遍的な徳目としている。儒教は人間関係の教えであるわけだが、孟子は5つの人間関係をかぞえあげ、父子には親愛が、君臣には正義が、夫婦には区別が、長幼には序列が、朋友には信義が大切であるといった。これを五倫とよぶ。
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