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ブラウン,W.von

ブラウン Wernher von Braun
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1912~77 ドイツ生まれのアメリカのロケット工学者。液体燃料ロケットの開発で知られる。ビルジッツ(現在はポーランドのビージスク)に生まれ、1934年にベルリン大学でロケットエンジンの研究で学位を取得した。若いころからロケットの実験研究をはじめ、37~45年までバルト海沿岸にあるペーネミュンデのドイツ陸軍ロケット研究センター所長をつとめ、世界最初の弾道ミサイルV-2号の開発責任者となった。第2次世界大戦末期、V-2号はイギリスを爆撃した。→ミサイルの「ミサイルの歴史」

1945年、ニューメキシコ州ホワイトサンズ実験場でおこなわれていたアメリカのロケット開発計画の技術顧問として渡米した。50年にアラバマ州ハンツビルにうつり、そこで10年間レッドストーン・ミサイル計画の開発の指揮をとった。55年にはアメリカ市民権を取得した。57年10月4日のソビエト連邦(現、ロシア連邦)がうちあげた世界初の人工衛星スプートニク1号におくれること約4カ月後の58年1月末に、ブラウンのロケット研究チームはアメリカ初の人工衛星エクスプローラ1号の打ち上げを成功させた。→宇宙探査の「初期の人工衛星」

1960年にハンツビルにあるアメリカ航空宇宙局(NASA)のマーシャル宇宙飛行センターの所長となり、世界最大のサターンV(5型)ロケットの開発責任をになった。このロケットは60年代から実施されたアポロ計画で月への有人宇宙飛行(宇宙飛行)にもつかわれた。→宇宙探査の「月に立った人類」

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