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ルネサンス美術

ルネサンス美術 ルネサンスびじゅつ
百科事典項目
項目構成
2

フランス・ルネサンス美術

フランス人は、イタリアでおこった芸術上の革新を徐々にうけいれた。16世紀初めに、多くのイタリアの芸術家たちが国王フランソワ1世の宮廷で仕事をはじめ、ルネサンス様式がとりいれられた。1516年にフランソワ1世によってフランスにまねかれたレオナルド・ダ・ビンチはすでに老齢で、重要な作品を生みだす前に他界してしまった。フォンテンブロー宮殿で制作された作品がフランス・ルネサンス美術の中心となった。

3

ドイツ・ルネサンス美術

ドイツ美術はゴシック様式とのつながりが強かったが、多くの芸術家はそれを新しいルネサンス様式にうまく融合させていった。コンラート・ウィッツはその代表的な画家のひとりである。「湖の上を歩くキリスト」として知られる「奇跡の漁り」(1444)は、大祭壇画の一部で、アルプス山脈のようなスイスの景色がみごとにえがかれており、彼が最新のフランドル絵画を知っていたことがわかる。しかしドイツはイタリアの様式をすぐにはうけいれなかった。ドイツはこの時代に、書物の出版と版画の分野ですぐれた作品をのこしている。

ドイツをルネサンス美術の主流へとおしあげたのは、画家・版画家のデューラーである。神童とうたわれ、金銀細工師として修業しはじめ、ほどなく出身地のニュルンベルクで画家・版画家として独立する。彼の様式は「大受難連作」「小受難連作」「聖母の生涯」の3種類の大版画連作によってヨーロッパじゅうに広まった。遠近法に多大な関心をよせ、あらゆる知識を身につけ、1494年と1505~07年の2度にわたってイタリアをおとずれている。人文主義者や哲学者たちとしたしくまじわり、キリスト教の主題だけでなく寓意や古代神話から題材をとった版画も制作した。何度も旅行にでかけたが、1520~21年のフランドルとオランダへの旅行でつけた絵入りの日記がのこっている。

当時のイタリア人と同じく、デューラーも人間の気質論を信じ、「人体均衡論」4書(没後の1528年に出版)をあらわしている。直接古代の作品を研究したわけではなく、イタリア人の古代解釈を利用したが、裸体像の表現はあまり洗練されていない。「騎士と死神と悪魔」(1513)、「メレンコリアⅠ」(1514)などの版画にみられるように、当時これほど豊かな想像力をそなえた画家はいなかった。デューラーが肖像版画をのこした人文主義者のエラスムスは、前4世紀の有名なギリシャの画家になぞらえて、デューラーを「黒い線のアペレス」とよんで最高の賛辞をささげた。

デューラーの絵画にはしばしば多くのものがぎっしりとえがかれ、細部描写が豊かで鮮やかな色彩がもちいられている。「ランダウアー祭壇画」(1511)などがそのよい例である。彼の自画像は全作品の中でもとくに際だっている。晩年の作品「4人の使徒」(1526?)は、イタリア美術の威厳性と北方美術のはげしい表現性をあわせもっている。

デューラーはイタリアの新しい様式や思想を熱心にもとめたが、同時代のグリューネワルトは中世美術の流れにしたがい、大傑作「イーゼンハイム祭壇画」(1512?~15)を生みだした。これは3層の巨大な多翼祭壇画で、扉を開くと中央から祭壇彫刻があらわれる。扉の外側の主要場面「キリストの磔刑」は一度みたらわすれられないほど残酷な表現である。荒涼とした風景の中で、キリストははげしく身をよじって息たえており、その横でなげきかなしむ聖母マリアが福音書記者聖ヨハネにだきかかえられ、洗礼者ヨハネが証人としてたち、マグダラのマリアがなきくずれている。このひじょうに印象的で独創的な作品で、グリューネワルトはイタリアの盛期ルネサンスをへずに、ある種のマニエリスムの様式に達したように思われる。

4

スペイン・ルネサンス美術

ルネサンス期のスペインの画家たちは、北ヨーロッパやイタリアの芸術に多くをおっていたが、それらに匹敵する新しい芸術を生みだしたとはいえない。スペイン人は、つねに他国から画家や彫刻家をまねいて重要な仕事をさせた。テイツィアーノはスペインにいなかったにもかかわらず、16世紀になってもスペインの宮廷を代表する画家とされた。

ルネサンス様式の建築は、16世紀の後半になってようやく建造された。フェリペ2世の命でマドリード近郊に修道院、神学校、宮殿、教会をふくむエル・エスコリアルが建設された。イタリアの盛期ルネサンス様式をとりいれてはいるが、荘厳で装飾のない意匠はスペイン建築の新しい様式を特徴づけている。

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