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    カトリック教会 (カトリックきょうかい、ローマ・カトリック教会、 ラテン語 : Ecclesia Catholica 、漢語: 天主教 )は ローマ教皇 を中心とし、全世界に10億人以上の信徒を有する キリスト教 の 教派 。 「 カトリック 」の語源は ギリシア語 の「カトリケー ...

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カトリック教会

カトリック教会 カトリックきょうかい Catholic Church
百科事典項目
項目構成
1

聖書

ほかのキリスト教教会と同様、カトリック教会は、聖書がその教えの基盤であることをみとめている。これは、宗教改革にいたるまで、疑問の余地のない大前提だった。13世紀のイタリア人トマス・アクィナスのような偉大な神学者たちは、「聖書のみ」が神学の源泉であるとおしえた。

ただし、そのような「聖書のみ」の立場を保持しながらも、神学者たちは、一定の真理や慣習(たとえば幼児洗礼など)は、聖書には直接書かれていないが、教会の伝統によって正当なものとみとめられると考えた。彼らはさらに、教会がおこなう厳粛な決定、とくに公会議の議決は、キリスト教の教義の真正な解釈であって、教会にとって、とりけすことのできない絶対的な拘束力をもつという点で見解が一致していた。

2

伝統(聖伝)

宗教改革中、プロテスタントが「聖書のみ」の原理に徹底的に固執したことへの反動として、トリエント公会議(1546年の第4会議)は、キリスト教の啓示は「書かれた書物」と「書かれざる伝統」の中にふくまれていることを確認した。この布告は、もっぱら聖書について詳細に論じていたにもかかわらず、「書かれざる伝統」についての挿入文があったために、最近まで「二源泉」理論を説いたものと解釈されてきた。

今日でも、この布告をどう解釈すべきかという点については議論がある。しかし現在では、カトリックとプロテスタントの双方の学者たちの間で、新約聖書の諸文書自体、原始教会のさまざまな伝承や諸学派の所産であることが一般的にみとめられてきたので、この論争もしだいに意味をうしないつつある(聖書学)。

3

使徒継承

伝統という神学的観念に部分的に関係するものに、使徒継承の教理がある。これは、イエスの時代以来、今日にいたるまで、使徒の使命が切れ目なくうけつがれてきたという考え方である。この教理が最初にみられるのは、教皇クレメンス1世がコリントスの教会へあてて書いたとされている「第1の手紙」(96頃)においてである。プロテスタント教会の中にも聖公会など、条件つきでこの教理をみとめるものもあるが、もっともはっきりとしたかたちで使徒継承の意義を強調するのは、やはりカトリック教会である。

カトリック教会では使徒継承が司教の叙階と同一視されており、それが司教の権威と指導的役割の源泉であると解釈されている。この主張のもっとも特殊な点は、教皇が、イエスにより教会のかしらに指名されたペトロ(「マタイによる福音書」16章16~18節)の後継者とされることである。したがってカトリック主義には、今日の教会の中に、使徒時代の教会におけるのとまったく同一の権威と、霊の賜物(たまもの)がはたらいているとみなす傾向がある。

使徒継承の信仰の中にほとんど暗黙のうちにふくまれているのは、教会が、キリスト教の教義と道徳をおしえる正当な権利と義務をもつという信念であり、その教えの本質的な正しさは、教会に聖霊がたえまなく臨在していることによって保障されるという信念である。さまざまな実践上の理由により、カトリック神学は、この権威を司教、教皇、公会議においている。場合によっては、その教えは誤りのないものとさえされる。教えに関する教会の権威は、「教導権(マギステリウム)」と総称されるが、これは19世紀に一般的にもちいられるようになった用語である。

4

教会

カトリック教会は、聖霊が教会の中にたえず臨在することを強調するため、その神学はほかのキリスト教教会の神学以上に、教会論に注意を集中してきた。しかし、教会についての法律的観念の偏重を是正するために、第2バチカン公会議は一貫して教会を神秘体としてかたり、それを「神の民」といったイメージであらわそうとした。いつの時代でもカトリック信仰に根本的なのは、神の愛と恩恵が教会の働きを通じて唯一無二の有効な仕方で世界に媒介されるという前提である。

5

聖人

カトリック教会は、ほかの西方教会とは比較にならないほど熱狂的な仕方で聖人たち、とくに聖母マリアの崇敬をつちかってきた。1854年、教皇ピウス9世は、聖母マリアの「無原罪の宿り」の教義、すなわちマリアが誕生の瞬間から人間としての原罪をまぬかれていたとする教義を布告した。また1950年には、教皇ピウス12世がマリアの「被昇天」の教義、すなわちマリアが霊魂と肉体をもって天国にはいったとする教義を布告した。

聖人の崇敬は神への崇拝の心を曖昧(あいまい)なものにしてしまうという批判をしばしばうけたため、教会当局は、典礼暦から聖人の祝日を削減するなどして、この習慣に歯止めをかけようしてきた。カトリック教徒はまた、聖人たちが祈りと善行の功徳によって、罪から完全にきよめられることなく死んだ人々の救いをとりなしてくれると信じている。この信仰は、煉獄および免償の教義と密接にむすびあっている。

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