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進化という言葉そのものは、たとえば宇宙の進化というように、生命現象以外にもしばしばつかわれる。生物学でいう進化とは、地球上に誕生した生物が、その形と機能の変化を経験することによって多様化し、修正されてきた過程全体のことである。もっとも初期の生物化石として知られているのは、現在のバクテリアによく似た形の単細胞のものであり、35億年前のものとされている。進化は結果的に新しいタイプの生物を放出しつづけ、その多くは絶滅したが、あるものは現在の動物相と植物相に発展した。絶滅と多様化は今日もつづいている。
生物に多様性をみとめ、そこに系統をみいだすことは、古代ギリシャの哲学者たちもおこなってきたが、進化の過程について科学的に説明しようとこころみる者があらわれるのは、18世紀になってからのことだった。博物学が発展して、現生生物や化石生物について、よりくわしく理解されるようになると、熱心な研究者たちが進化の概念に関心をもつようになった。19世紀初期の代表的な進化論者はラマルクで、さまざまな生物に類似性がみられるのは、ある共通の血統が進化によって形をかえたためであるとした。たとえばライオン、トラそのほかのネコ科動物は、ネコに似た共通の祖先からわかれたものであるという説をとなえた。すでに博物学者たちの間では、ことなった動物はことなった生活様式と環境に適応するという考えが定着していた。ラマルクは、個体は環境の変化によって直接適応をうながされ、その結果が、遺伝する特性(遺伝形質)として、子につたわると考えた。しかし、ラマルクの時代には、この獲得形質による進化の一般的な仮説を、科学的に実証しようとこころみる者はいなかった。
進化の過程をうまく説明したのは、ダーウィンだった。彼のもっとも有名な著書「種の起原」(1859)は、人類の自然に対する理解という点で、画期的なものである。ダーウィンは種の変異性に注目して、子は両親の外見をうけつぐが、まったく同一ではないということをのべた。また子と親の間の違いのうちには、環境だけが原因ではなくて遺伝しうるものがあるということをのべた。育種家は競走馬のスピード、雌牛の産乳量、狩猟犬の追跡能力といった、このましい品質の個体をえらび繁殖させることによって、しばしば家畜の形質をかえることができるということを、彼は観察した。これは、人の手による人為選択である。 ダーウィンは、自然界では環境によりよく適応する資質、またはよりすぐれた繁殖能力をもった個体は、より多くの子孫をのこせると推論し、そのような個体はより高い適応性があるとした。子をうめるようになるまで生きのびる数よりも多く個体が生まれるので、適応性におとるものはつねにふるいわけられて(→ 自然選択)、脱落しているにちがいなく、そうやって生息環境によりよく適応する個体群がのこるのである。環境が変化すると、個体群は適応性を維持する新しい特質が必要となる。適切な特質をもった個体がじゅうぶんな数だけ生きのこって、結果的に個体群全体の適応をみちびくか、あるいはその個体群が絶滅するかのどちらかなのである。それゆえ、ダーウィンの理論によれば、進化は適応にすぐれた個体が何世代にもわたって自然選択されていくことによっておこることになる。 ダーウィンの理論の中で、科学的な立証がもっともむずかしかった点は、生物の特徴、すなわち形質の遺伝についての推論だった。当時まだ、遺伝については理解されていなかったからである。遺伝の基本法則が学問的に知られるようになったのは、1860年代におこなわれていたメンデルの遺伝の研究が、20世紀になって明るみにでてからである。 メンデルは、形質が世代をこえて、別々の単位でつたわることを発見した。今日では、その単位は、統計的に予言できる方式で子孫にうけつがれる遺伝子(→ 遺伝学)として知られている。さらに、突然変異とよばれる遺伝可能な変化が、環境に関係なく遺伝子において偶然おこることも発見された。そして突然変異だけが、新しい遺伝子の供給源とみられたので、多くの遺伝学者は、進化が、有利な突然変異の偶然の蓄積によってのみ進行していくものと考えた。自然選択説、すなわち進化は適応によって進行するという説は、ド・フリース、モーガン、ベイトソンなどの突然変異論者の学説の影響もあって、1930年代に一時影がうすくなった。
突然変異説がダーウィン説にとってかわったちょうどそのころ、先駆的な進化論である集団遺伝学の理論が、ライト、ホールデーン、そのほかの遺伝学者らの研究によって発展してきた。彼らは、たとえ突然変異がおきたとしても、その変異が個体群の間にひろまっていくには、(1)集団の大きさ、(2)世代の長さ、(3)変異の有利さの程度、(4)同じ変異が子孫に再現する割合によって左右されることを論じている。 さらにまた、うけつがれた遺伝子は、一定の環境においてのみ有利である。もし環境が場所によって変化しているなら、その遺伝子は局地的な一部の集団においてのみ有利であろう。また、もし環境が時間とともに変化するのであれば、その遺伝子は一般に有利でなくなることもある。 個々の個体は、それぞれことなった遺伝子の組み合せをもっていて、人間でも、一卵性双生児は別として、遺伝学的にまったく同じ人が2人存在することはありえないので、次の世代がうけついで利用できる遺伝子の総数は膨大で、遺伝的変異性の広大な倉庫を構成しているだろう。この倉庫を遺伝子プールとよぶ。有性生殖には、遺伝子がそれぞれの世代で再配列される、遺伝的組み換えとよばれる過程がある。個体群が安定しているときは、たとえ遺伝子が各個体でことなる組み合せになっていても、遺伝子頻度(遺伝子プールの中にある遺伝子の総数に対する、各遺伝子の出現度)は変化しない。もし、遺伝子プールの中で遺伝子頻度が変化しつづけると、進化がおこる。 進化をこうした観点から考えるために数学的手法を開発し、それをもちいて証拠を論じたにもかかわらず、多くの進化論者たちは1930年代後半まで、偶然おこる突然変異説に固執していた。そのころドブジャンスキーは、著書「遺伝学と種の起源」で、広範囲にわたる実験と観察の結果によって数学的論拠を補充した。たとえばショウジョウバエの大きな個体群に人為的に変化させた環境をあたえると、それに適応した遺伝的変化が生じることをしめした。ドブジャンスキーは、遺伝学の諸事実がダーウィンの自然選択説と矛盾しないことを証明してみせたのである。自然選択は遺伝子頻度に永続的な変化をもたらす主原因であり、これによって集団の形質が進化的な変化をおこすのである。その後の数十年間に、生物学および古生物学のほとんどすべての分野の研究の成果によって、ダーウィンの進化論はよみがえることになった。
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